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Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~ 2日目

異変は、突然だった。

 

2日目、少しだけMCの内容が変わりながらも、セットリストに大幅な変更はなくライブは佳境へ進んでいった。花火の演出とともに未熟DREAMERを終え、無言のまま、初日と同じように逢田さんが階段を登る。そして振り返った逢田さんは、しかし初日とは違うにっこりとした微笑みで、私たちにお辞儀をした。笑顔だった。昨日の経験が、初めて大舞台でピアノを弾いた経験が、今日の逢田さんにはきっと活きている。そう、私には思えた。

 

椅子に座ってからは、初日と同じコンセントレーション。しっかりと深呼吸を重ね、手に力を込め、伊波さんと目を合わせる。でも、その時間は初日よりも短かった。私は、どこか安心しながら、期待感とともにサクラピンクのブレードを握りしめ、桜内梨子の演奏を待っていた。

 

少しの後、伊波さんがゆっくりと歌い出す。逢田さんが緊張の面持ちで白鍵を叩く。初日と同じように、想いよひとつになれが始まった。ほどなくして差し掛かるピアノソロ。スクリーンに映る逢田さんの演奏に合わせ、高槻さんから順繰りに鍵盤を弾く手を重ねていった、そのときだった。

 

明らかに低い一音が、広い会場内に響き渡った。

そのときのカメラは、無情にも目を見開いたまま凍りついた表情の逢田さんを映していたことをよく覚えている。

時間が、止まったような気がした。

 

瞬間固まった会場の空気は、しかしグリスの絢爛な音色とともに吹き飛ばされた。何事もなかったように、曲は進んでいく。でも、そのときにはもう、逢田さんはオケに演奏を合わせることができなかったんだと思う。伊波さんと斉藤さんがAメロを歌い出した途中で、曲が中断された。今にして思えば、逢田さんを信じ続けたスタッフの英断だったんだろう。スクリーンに流れ出していたアニメの映像も停止し、代わりに映し出されたのは、混乱しているだろうキャストたち。今度こそ、会場は静寂に包まれた。何が起きているのか、理解できなかった。私の頭は、完全に真っ白になっていた。

 

一瞬の空白の後、ざわつき始めた空気を抑えるかのように、真っ先に伊波さんが駆け出した。涙を流し、しゃくり上げながら、過呼吸気味に「ごめんなさい、ごめんなさい」と口にする逢田さんを、伊波さんは「大丈夫だから」と抱きしめた。鈴木さんも駆け寄る。「大丈夫、絶対大丈夫、大丈夫」と、鞠莉の声で、いつものハイテンションな声音ではなく、Aqoursのお姉さんとしての落ち着いた小原鞠莉の声で、まるで子供をあやすかのごとく、逢田さんに優しく、しかし力強く、語りかけ続けた。そしてもう一人階段を駆け上がり、背を向けて観客から逢田さんの姿を隠していたキャストがいた。私は目の前の出来事を頭で処理することに必死で誰だったかまでは覚えていないけど、諏訪さんだったらしい。

 

やがて会場からは、「りきゃこー!!」「がんばれー!!」「行けるぞー!!」と、あちこちから声援が飛び交い始めた。ゆっくりと、会場が息を吹き返していた。自分にできることはただ声を届けることしかないと、そこで私はようやく「応援すること」の意味を理解したような気がした。喉が千切れんばかりの大音声で、「がんばれー!!」と何度も叫んだ。あんなにがむしゃらに泣き叫んだのは、人生でも初めてのことだったかもしれない。たくさんの声援たちは、やがて「梨香子!梨香子!」という、梨子でもりきゃこでもなく、逢田梨香子の名前を呼ぶひとつの大きな声へと収束していった。その大合唱の中、広い会場を照らす光は、サクラピンクただ一色だった。

 

駆け寄ったメンバーたちが定位置へと戻るとともに、梨香子コールは落ち着きを見せていく。そして、もう一度、想いよひとつになれが始まった。涙に濡れた顔で、逢田さんがピアノを弾き始める。私はブレードを握りしめながら、ただただ成功を祈り続けた。そして、さっき躓いてしまった前奏のピアノソロが再び訪れた。それを、逢田さんは初日よりも震える手つきで、しかし正確に演奏したのだった。その瞬間、大音量になるオケに負けないくらいの大歓声が上がったのは、きっと気のせいじゃなかったと思う。

 

私はかねてから、想いよひとつになれのCメロが好きだった。

曲展開、歌詞、ひとつひとつの音。どれを取っても、気分が高揚するような、でもどこか切なくなるような、そんな印象があった。間奏を終え、Cメロに入ったそのとき、私はこの歌詞に大きな意味が与えられたことを実感した。ミスをした逢田さんを抱きしめた伊波さん、優しく声をかけ続けた鈴木さん、ただ黙って傍に居てあげた諏訪さん、下で再起を信じて待っていた高槻さん、降幡さん、小林さん、斉藤さん、小宮さん。きっとそれができたのは、今までの長い、長い練習の中で、9人でかけがえのない日々を過ごしてきたからこその、強い絆の力のおかげだったと思う。もう、Aqoursは完全な1つのチームだった。逢田さんの奏でるピアノをバックに、8人がひとりひとり、Cメロの歌詞を紡いでいく。そして、ラストを飾る伊波さんが、今までよりも一際大きな声で、「ひとりじゃない」と高らかに歌い上げた。よく通るその歌声と強いメッセージが、会場内を満たした。そのステージには、あまりにも美しい、青春を共に駆ける仲間の絆があった。

 

最後の一節を歌い終え、想いよひとつになれは後奏を迎える。待ち構えるは、曲を締めくくるピアノソロ。初日と同じように、カメラがピアノを捉える。涙の痕を残しながら、逢田さんは真剣な、真剣な表情で、一音一音確かめるように、奏でていく。そして、最後の一音が指すその白鍵を、がくがくと震える小さなその指で、打った。高く澄んだ、綺麗なピアノの音が、梨子ちゃんの奏でたそれと全く同じ美しい音が、会場にすぅっと吸い込まれていった。数瞬の後、割れんばかりの拍手と歓声が、会場を包み込んだ。Aqoursの想いが、スタッフチームの想いが、私たちの想いが、ライブを見守るすべての人たちの想いが、ひとつになった瞬間だった。

 

演奏後、逢田さんは暗転した闇の中、ひとり下がっていった。残された8人は初日と同じ調子のMCを、初日と同じ様子で繰り広げる。あれだけのトラブルがあったのにもかかわらず、みんなとても落ち着いていた。観客を不安にさせないための、プロの姿だった。やがて、メイク直しを終えた逢田さんが戻ってきた。未熟DREAMERトークが進む中、逢田さんは衣装を見せる流れにも参加しつつ、いよいよ話題は想いよひとつになれに移る。そこで、逢田さんが初めて口にした言葉がこれだった。

 

「ごめーん間違えちゃったー!マジごめーん」

 

すごく、すごく軽い調子で、さっきまで泣きながら過呼吸を起こしていた人と同一人物とは思えないくらいの明るい調子で、逢田さんはそう言った。なんて強靭な精神力を持ち合わせているんだろうと、どれだけ観客思いなんだろうと、私はとてつもない衝撃を受けた。そもそも考えてみれば、あの張り詰めた空気の中、不安定なあの状態で、1回目よりも格段に難しい2回目で最後までピアノを弾ききってみせたこと自体が、およそ常人にはできないことだった。逢田さんは「でも、みんなの声が聞こえてきたから最後までがんばれた。ありがとう」とも語っていた。自分で精一杯だっただろうに、どこまでも観客のことを考えてくれているプロ意識、ともすればプレッシャーに変貌しかねない大きな声援をすべて自分の力へと変えてみせたその胆力こそが、逢田さんがその小さな身体に宿すパワーの源なんだろうと思う。最後に、逢田さんは「みんなに支えられてるんだなって、改めて感じ入っちゃった」と、メンバーへの感謝を告げていた。何度も感じた、絆の力だった。

その話の中で、一際強く私の心に響いたのは伊波さんのフォローだった。

 

「だって生ですから!何が起きるかわかんないから!」

 

それがライブだと、笑顔で言い切ったのだった。

「これからも、いろんなことがあると思う。嬉しいことばかりじゃなくて、つらくて、大変なことだっていっぱいあると思う。でも私、それを楽しみたい!全部を楽しんで、みんなと進んでいきたい!それがきっと、輝くってことだと思う!」

13話で千歌ちゃんが言ったこの言葉が、今回のライブの場でとても大きな意味合いを持ち始めた。ライブで起きたアクシデントに対しての、高海千歌たる伊波さんの答え。千歌ちゃんの精神性、千歌ちゃんの見つけた答えを、伊波さんはしっかりと理解し、表現していた。「新たな物語」が付与された、ラブライブ!を感じた瞬間だった。

 

ライブは終盤に差し掛かり、アニメのダイジェストを経て、初日と同じように13話の演劇が始まった。5分ほどもあるあの長丁場に、収録とは違い1回のミスも許されない再現に、9人は再び挑戦していた。私にできることはただ、噛まないことを祈ることだけだった。サクラピンクのままのブレードを強く握り、ただ祈りを捧げていた。そして、梨子ちゃんの台詞が訪れる。

 

「輝きたい!」

 

その言葉を言った逢田さんの表情は、アニメで描かれていた、顔を輝かせる梨子ちゃんとはあまりにもかけ離れていた。ピアノを弾いていたときのような、凛々しさを感じさせる真剣な顔つきだった。桜内梨子ではなく、逢田梨香子としての心からの叫びのように思えた。そこからはもう、演劇の一言一言が、ずしりとした重みを増して私の胸に響き続けた。

 

「起きること全てを受け止めて」「全てを楽しもうと」「それが、輝くことだから!」

 

なんて、なんてライブだろう。「輝くって、楽しむこと」。初日、小林さんが最後のMCで引用した、千歌ちゃんの言葉。「輝くこと」と「楽しむこと」を同義とした13話の意義はここにあったのかと、頭がパニックになるほどのトラブルを乗り越え、それでも楽しみたい、輝きたいと願うことがラブライブ!サンシャイン!!だと、Aqoursの在りたい姿なんだと、何倍も、何倍も強くなった説得力で実感させてくれた。だからこそ、逢田さんは真剣な表情で「輝きたい!」と叫んだんだと、そう強く思えた。それだけで、あの演劇にはとてつもなく大きな意味が与えられた。きっと、このライブの場には奇跡も必然もなかったと思う。2日目にあったものは、千歌ちゃんたち2年生がμ'sに憧れたように、「諦めない気持ち」と「信じる力」があったからこそ、そしてみんなの絆とそれを包み込む全員の想いがあったからこそ結実した、青春の輝きだった。

 

逢田さんは終演後、更新した自身のTwitterで「とにかく楽しかった!!」とツイートしていた。もうあのライブの中で答えを見つけていたこと、ピアノのミスがあってもなお「楽しかった」と言ってくれること、私はただ救われる思いだった。その後Instagramではピアノのことについて触れ、「失敗は失敗」「プロとしてステージに立たせて貰ってる以上失格」と割り切り、私に泣く資格はないからと、その後は笑顔でパフォーマンスをするしかできなかったと綴っていた。思い返せば、小林さんや鈴木さん、諏訪さんも涙ぐみかけていた最後のMCが終わっても、逢田さんはひとしずくの涙も見せていなかった。本当にどれほど私たち観る側のことを考え続けてくれているのか、そんなにまで自分を押し殺せるくらいのタフな気持ちはどこから湧いてくるのか、逢田さんの心の強さを改めて思い知らされる言葉たちだった。

 

楽しくて泣いたとか、悲しくて泣いたとかじゃなくて、今回私は「人の想い」に触れて、それに感動してた気がします。すごく、すごく心に残るライブでした。本当に、一生の思い出です。