蝙蝠

私自身の話。総選挙や投票企画を否定する目的はありません。

 

 

 

4thシングルセンターポジション総選挙の投票期間、私は最後まで誰にも投票しないまま過ごした。

 

昔から私は「単推し」というものができなかった。どんなときでもいつでも絶対このキャラだけを、この人だけを応援するということがどうしてもできなかった。その日の気分や与えられたテーマによって「推し」がころころと変わっていくのは当たり前で、キャストに関しても会員放送やFCが開設されれば片っ端から加入してみたり、雑誌で誰かの特集が組まれればとりあえず買ってみたり、とにかくただ1人を選ぶことを避け続けていた。

 

今回の総選挙が発表されたときも、きっと自分は投票しないだろうな、と客観的に察した。理由は簡単、私には誰も選べないからだ。「みんな好き」なんて嘯いてみても、この投票では1人しか選べない。日数がいくらあろうと、2人同時に投票することはできない。向ける気持ちに差をつけているわけじゃないと頭では理解していても、感情を持たない数字として表現されてしまう無意識的な順位付けを私は忌避し続けていた。だから、常にただ1人の味方で居続けられる人間を羨ましいと感じていた。誰かを選ぶが故に他の誰かを傷つけるかもしれない、その覚悟を携えた彼らを嫉んでいた。その人だけを見続けることのできる真っ直ぐな想いのカタチが、眩しくて見ていられなかった。

 

 

 

1人のキャストは「今度こそ!!!今こそ。」と言った。

 

前回、あと少し手の届かなかった1位の座に大きな悔いを残しながら、それでも「4thの方が悪魔っぽいし…」と次を見据えて前を向いていたその人は、このチャンスだけは絶対に逃さまいとするように、日々欠かさずに想いを綴っていた。

 

1人のキャストは「センターで輝きたい!!!」と言った。

 

「誰に何と言われても立ち向かいます!!」と言い切りの法則を信じる彼女らしい断定調の言葉を掲げたその人は、今まで隠していた悔しさすらも夢への階段へと昇華させるかのように、自ら矢面を選び背水の誓いを立てていた。

 

 

 

私は、どちらの夢も選ぶことができなかった。かと言って、決意を示した彼女たちから目を逸らして他の誰かの背中を押すこともできなかった。

 

「2人とも好きだから選べない」なんてくだらない言い訳を並べたいわけじゃなく、ごくごく単純に選べなかった。選ぶことが怖かった。1人の夢を叶えるために、もう1人の夢を犠牲にすることに耐え切れなかった。だってそうだろう。毎日を全力でひた走るその生き様を、夢を叶えたいと吐露したその心情を、どうして否定することができようか。

 

もちろん2位以下も得票している以上、どちらかが嘘でどちらかが本当ということではないし、そもそも総選挙自体本来はキャラ主導の企画なのだから、キャストの想いだけを天秤にかけて票を投じる理由はどこにもない。票に記す名前はキャストではなくキャラクターだ。センターに立つのも、ジャケットに描かれるのもすべてキャラが担当する領域だ。自分の好きなキャラがセンターで輝くところを見たいから、このキャラの歌をいっぱい聴きたいから、そのくらいのシンプルな気持ちで選べばいい。キャスト自身ですら担当キャラに投票できる以上、その場においてキャストの存在は副次的と言える。

 

ただ、私はラブライブ!シリーズのキャラの生きた感情にずっと心惹かれていた。そしてその感情を彩色し出力するのは他でもないキャストだから、彼女たちの生の声明が占める比率は私にとって無視できる大きさではなかった。すべては、私の心の問題だった。

 

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結局、私はどちらも否定しない代わりに、どちらも肯定しなかった。両者の語る「夢は叶うもの」という巨大な矛盾を正さずに矛盾のままにしておくことが、私の心が望んだ唯一の選択肢だった。

 

 

 

2人に限らず、彼女たちはみんな誰かの夢を踏み潰して、今もその残骸の上に立っている。それは偶然ではなく、彼女たちの技量や想いの強さが他の誰よりも勝っていたからなのだろう。ただ、津島善子を、国木田花丸を、Aqoursになることを夢見た無数の応募者の願いたちを引きずり下ろして、そのたったひとつの場所へとのし上がったという事実にもまた間違いはない。『もし○○役が違う誰かだったら』という仮定に意味はないが、その場所を争う“違う誰か”が居たことは確かなのだ。

 

今回は、その“違う誰か”が知らない人ではなかった。積み重ねてきた努力の一端、叶えてきた夢の数々とともに、私はその場所を切望する人たちを知っていた。その祈りが、きっと本物であることを知っていた。

 

かつてその場所を制した人、その場所に立つことが義務だった人、その場所をただ静観してきた人――その中で、仲間と競うことになる怖さも厭わず夢を宣言した人が2人。もしかしたら、2人と同じ夢を持ちながらも触れられなかったキャストもいたのかもしれない。それでも背を向けずに声を上げた彼女たちの凄絶な覚悟に相対し、ひとつの夢だけを選択することなど、私にできるはずもなかった。

 

 

 

ファンは演者に対する自分たちの振る舞いに責任を負うことができない。演者がファンの選択をどれだけ聞き入れようと、その行動の責任が帰結するところはすべて演者自身だ。ファンはいつでも客席から逃げ出すことができるが、演者にはステージからの逃避は許されていない。だから、演者が抱え込むその荷物に手を伸ばし一緒に背負おうとする試みは、無責任で傲慢な行為だ。どれだけ演者がファンに寄り添おうとしてくれていても、客席とステージを分かつ不可視の境界線は変わらずその間に横たわっている。

 

総選挙という仕組みは、確かにファンの声ひとつひとつが彼女たちをその場所へと押し上げる。だからと言って、キャスト自身の発信をもファンが荷物として背負うことはできない。たとえ夢が叶わなかったとしても、その現実に責任を感じようとする行為はファンの領分を逸脱している。そんなことは至極当然の不文律だ。

 

だからやっぱり、どこまで行ってもこれは私自身の心の問題だった。キャストの強さを信じていないわけじゃない。ただ、がんばっている誰かの夢が敗れる瞬間を見たくなかった。そのためだけに、ファンとして向けるべき応援の気持ちを再び封じ込めた。想いは必ずしも結実しないこと、その普遍的な残酷さを直視できない、いつまでも子供のままの甘ったれた弱い心が諸悪の根源だった。

 

 

 

投票期間が終わっても、これでよかったなんて微塵も思えなかった。

 

推しだけを一番に信じ、他の誰がなんと言おうとその人を推し続ける、強く揺るぎない応援の意志。投票に踏み切れなかった私に欠けているのは、きっとそうした、純粋で真っ直ぐな想いなんだと思う。

私は

自分の中で飲み込むための文章を書く。

 

 

 

11月18日、私は「好き」がわからなくなった。

 

それまで、Aqoursのことは「好き」だと思っていた。何度も何度も作品に触れては思いを巡らせてみたり、出来る限りアウトプットを拾っては彼女たちの表現の真髄に触れようとしてみたり、かなりの熱を持って追いかけていたと自分では思っていた。毎日のようにAqoursのことを考えていて、すっかり依存しきっていたように思う。

 

 

 

ドーム中を駆け回り、感謝を告げる最後の挨拶が終わる。下がっていく迫りに逆らうように「L」のポーズを決める伊波さんの真似をしていたことは覚えている。これまでのすべてが詰まった、最高のライブだったと思いながら友人と帰る準備をしていた。

 

アンコールでのそれが比較にならないくらい大きな、Aqoursを呼ぶ怒号のような声が1塁側から響き始めた。地を揺らがすほどの、すさまじい大音声だった。またたく間に会場内を埋め尽くしたその叫びたちに、私はふと2年前の春を思い出していた。

 

 

 

――『μ's!μ's!』 

 

 

 

あの日、終ぞ応えが返ってくることはなかったあの人たちの名を呼ぶ声と、重なってしまった。かつてその声のひとつだった身として、(あぁ、この風景、懐かしいな)と、感慨すら抱いてしまった。

 

もう旅立ってしまったから、「ここで出ていくのは違う」と決めていたμ'sの選択は正しかった。でも、Aqoursは「まだまだ終わらないから!」と宣言した。何人ものキャストが「また東京ドームに戻ってくる」と再来を誓い、「東京ドームを新しいスタートライン、スタート地点として」と語るキャストもいた。この場所はまだまだ続いていく道中に在るマイルストーンのひとつであることは明白で、そのことを私も充分理解していたつもりだった。

 

それなのに、重なってしまった。あのときと同じだと、そう思ってしまった。

 

 「ファイナルの頃思い出すわ」と隣の友人に何気なく言ってみた、そのときだった。

 

忽然と照らし出されるメインステージ、アンコール衣装のまま全員で駆け出してきた9人の姿、スクリーンには泣き顔を隠しきれない降幡さん、宙を見上げる小林さん、そこからはあまり覚えていない。

 

 

 

気づいたときには、何か覚悟を決めたような表情でヘッドセットを取り外す伊波さんが見えた。

 

「本当に、本当に、ほんとうにっっ!!!」

 

ほぼ、金切り声だったと思う。悲鳴と言っても差し支えないほどの絶叫だった。遠く果てまで想いを伝えようとする人間の剥き出しの表現は、斯くも震えを喚び起こすものだったか。マイクを通さない生の声が、たったひとりのその叫びが、意味を持つ確かな言葉として耳朶に響いた。スタンド後方、ほぼステージの真向かいに立っていた私にまで、はっきりと届いてしまった。その後に聞こえた9人全員の想いは、過去に重ねて現在を眺め、冷笑していただけの私が受け取るべき言葉ではなかった。3日を数えた今も否定できない、悲しい事実だった。

 

 

 

結局のところ、私は心の底からAqoursを信じられてはいなかったんだと思う。Aqoursコールが届くと思っていなかったように、彼女たちの声もまた私に届くことはないと思っていた。私だけがどこまでも間違っていた。「好き」が、わからなくなった。

 

笊で想いを掬おうとしても、器には何も残らない。編目に光る雫すらも振り落としていたんだろう。手を雪ぐことも、喉を潤すこともせず、きらきらと輝くその奔流をただぼんやりと見つめていた人間が、私だった。

 

 

 

「好き」を称するなら、せめて彼女たちの誠意だけは一も二もなく信じているべきだった。持っていたはずの熱い気持ちを、名前に乗せて叫べるようなファンで居たかった。「いつかと同じ」じゃなく、今日は今日しか無いことを胸に刻んで、Aqoursに向き合うべきだった。それは紛れもなく、彼女たちがずっと教え続けていてくれたこと。

 

理解していたはずの答えは、心の中に浸透していなかった。「好き」を示そうともしなかった「ファン」にも別け隔てなく届いた応えを、私は今もまだ受け止められないでいる。

New winding road

小原鞠莉ちゃんのソロ曲、New winding roadの話です。 

 

 

 

New winding roadラブライブ!サンシャイン!!ではおそらく初の、シンセサイザーのような電子音が使われていない、ギター・ベース・ドラムだけのシンプルなバンドサウンドで構成された歌だった。メタルやパンクを好む鞠莉の曲にしては、予想に反して些か抑えめなアグレッション。普段の彩りに溢れたAqoursの楽曲とはまた少し離れて、小原鞠莉の、鈴木愛奈の極彩色の歌声を最大限に引き立てるために、敢えて飾らないモノトーン風味のオケを用意したような印象があった。

 

曲を一聴して最初に込み上げてきたのは、言い知れぬ懐かしさだった。それがどこなのかもわからないまま、頭の中にただぼんやりと思い出される曖昧な景色があった。私の生まれた地に、海と呼べるような場所はない。それでも、ありもしない郷愁を覚えるほどに、記憶を揺らすメロディが胸を覆った。

 

バラッドは悠然と進む。

 

“海辺の風 また胸によみがえるよ”

 

瞬間、遠く離れた異国の街で、この歌を歌う鞠莉の姿が脳裏に浮かんだ。

それも、きっと海のない街で。

 

鞠莉が思い起こすのは、かつて幼い頃に親友たちと出会った海。月日が経ち、一度別れを告げてもなお変わらずに自分を見守り続けてくれた、内浦の海だ。大人になった鞠莉は故郷とは正反対の、潮風すら辿り着くことのない無味乾燥とした大地に立ち、この歌を想いながら、自分の愛した優しい海を瞼の裏に見ているんだと私には思えた。時間も距離も超えて、心だけはいつまでもふるさとの海の香りも空の色も覚えているからと、海が近くにない地だからこそ、却って鋭敏になる感覚があるんだろう。

 

そんなことを思いながら、私は3rdライブツアーに臨んだ。そして、この感傷が大きく間違っていたわけではないことを知る。

 

 

 

今回のツアーでは、各会場ごとに2日間に分けてそれぞれひとりひとりがソロの楽曲を歌唱した。リリースの遅かった鞠莉のターンは、2日目だった。

 

音圧の目立つ、太く芯の据えられたドラムが力強いビートを刻むイントロの中、鞠莉がステージに現れる。特殊なセットも何もないステージに設えられているのは、素朴なスタンドマイクだ。鈴木さんのインカムには、いつもあるはずのマイクがついていなかった。

 

Aメロを歌い出す。彼女は決して低音をなおざりにせず、広い会場全体に響かせるように、繊細に歌声を奏でていた。中央のスクリーンには、歌に合わせて歌詞が表示されていた。「みんなが大好きだっていう想いがほんとに込められてる曲」と語っていたように、歌とともに文字としても表現されていたことで、そのメッセージ性はとても強くなっていたように思う。

 

伸びやかなハイトーンにありったけの感情が込められたサビが、会場の広さに負けじと艶やかに歌い上げられた。マイクを手にした鞠莉は、想いを歌にすることで気持ちを確かなものにしていくように、一歩一歩前へと歩んでいく。

 

簡素なリフレインの後、2番へと移ったそのときだったと思う。

 

歌詞の表示されていたスクリーンから一切の色彩が失われ、打って変わって流れ始めたのは、まるで古びた写真のような、乾いたセピア調の映像だった。

 

これは鞠莉の思い出のフィルムなんだ、と直感した。彼女は今、遠く懐かしい日々を思い返している。

 

“海辺の風 また胸によみがえるよ”

“心はどんな時でも あの頃の空の色忘れはしない”

 

この歌を歌う鞠莉の目にはきっと、海は映っていない。故郷と繋がっている空も、今はかつてと異なる表情を見せていて、時間の流れまでは覆すことができない。それでも、過去を手繰りながら胸中に追想する景色がなお鮮やかなままであることを、海のような、空のような水色のライティングが雄弁に物語っていた。 

 

夕暮れを思わせる優しいストロークから、曲は一気に表情を変えていく。アコースティックな音色を両サイドに配し、混ざり合うようにどっしり構える歪みきった重厚なディストーション。何本もダビングされた豊かなギターサウンドが轟々と鳴り響く中、愛しい過去を想う慟哭のような、それでいてまだ見ぬ未来へ向けた決心のような、鞠莉の咆哮が天高く放たれる。

 

会場が揺れたような気がしたのは、私の足がふらついたからだった。ハンドマイクひとつで場を掌握する、鈴木さんの圧倒的な歌声に吸い寄せられるように、気づけば私の身体はグラリと持っていかれていた。ただ、震えるような感覚が全身を満たしていた。

 

 

 

鞠莉はまた、少しずつ前へと歩き出す様子を見せる。しかし、ゆっくりと進み始めたその瞬間、彼女は足を止めた。そして首を横に振って、身体をすっと後ろへ引いた。

 

一瞬の静寂が会場を包む。その無音を破るように、鈴木さんは再び顔を上げる。

 

 

 

“前を向いて 新しい場所へ歩いて”

 

 

 

世界に、色が戻った。

 

センタースクリーンは潤いを帯びて、「いま」を歌う鞠莉を瑞々しく描いていた。

 

ようやく、私は鞠莉の足取りを掴めたような気がした。

 

きっと、鞠莉は故郷の景色を想起しながら、過ぎ去った眩しさに半ば無意識に手を伸ばしていたんだろう。輝かしい日々を思い出すことで自分を奮い立たせているうちに、決して煌めきを失うことのないその青春にいつしか後ろ髪を引かれ、彼女は取るべき進路を間違えそうになっていた。

 

でも、その過ちに陥る直前に鞠莉は気づく。止まっていられないこと、それぞれの場所を探さなきゃいけないこと。ひとりで、歩き出さなきゃいけないこと。

 

ブレイク手前の鈴木さんの所作は、そうした鞠莉の決意を表現していたように感じられた。その瞬間、色褪せた世界に光が帰ってきたことも、彼女の見つめる先が内側に抱く過去から外側に広がる現在へと変わったことを示しているんじゃないかと、鞠莉の心が太陽のある方角へと向き直ったんじゃないかと、そう思えた。

 

“まぶしい光 探しに行こう”

 

みんなで掴んだあのときの輝きと同じものじゃない、自分だけの新しい明日を手に入れるために、先の見えない曲がりくねった道へと一歩を踏み出す鞠莉が、私にはとても眩しかった。

 

 

 

歌い終えた後、にっこりと微笑む鈴木さんの口の動きは確かに“ありがとう”と伝えていた。マイクを通していないから、その声が誰かに聞こえることはない。だからこそそれはまるで、遥かな誓いだった。離れ離れになった仲間たちへ、それぞれの道の先でいつかまた会えることを知っている仲間たちへ、鞠莉は届くはずのない感謝を告げる。

 

私は果南とダイヤに会って、いろんなことを教わったよ。世界が広いこと、友達といると時間が経つのも忘れるほど楽しいこと。喧嘩の仕方に、仲直りの仕方。2人が外に連れ出してくれなかったら、私はまだひとつも知らないままだった。

 

狭かった鞠莉の世界は、幼馴染の2人の手が毎日のように拡げていった。そして 「今はもう3人じゃない」という果南の言葉どおり、新しい6人の友達が出来た彼女の世界は、無謀な物語を果たすまでに大きくなった。だからきっと、何も知らなかった自分をここまで連れてきてくれたことへ、ここからさらにその先へと自分の力だけで歩いていく強さを与えてくれたことへ、鞠莉は心から“ありがとう”と伝えたんじゃないかと思う。もう大丈夫、ひとりでも頑張れるからと、どこにいても繋がっているただひとつだけの空に向けて約束をしたんだと、そんな気がした。

 

 

 

New winding roadについて、鈴木さんは「私自身と鞠莉と結構重なる部分とかこの曲はあったりするから、それを思う存分発揮できる、出せる曲なんじゃないかなって思います」と話していた。その思いの一欠片はもしかしたら、海を超えた先の北海道で生まれ育った鈴木さんだからこそ共有することができた、同じ望郷の念なのかもしれない。ずっと向こうにあるふるさとを偲ぶこの歌は、鈴木さんにとっては親近感の湧くノスタルジアに聴こえたのかなと思いつつ、私はそれ以上に鈴木さんと鞠莉の、仲間への愛と感謝の気持ちがとても重なり合っていたように感じた。

 

鈴木さんはずっと、9人の絆をとりわけ大切にしていた。2016年の夏ごろには既に「お互いをよく知って絆を深めることはパフォーマンスにも繋がる」と語っていて、ラブライブ!ならではの魅力を元々よく知っている人だなと思ったのを記憶している。今年のインタビューでは「歌も歌いたかったし、切磋琢磨する仲間も欲しかったし、それを全部叶えてくれたのが『ラブライブ!』です」と言い、Aqoursは自分にとっての「夢」だと答えていた。8人の仲間がいなくては、鈴木さんはラブライブ!を生きる中で夢を叶えることができないんだろう。振り返れば、初めてのAqoursファンミーティングツアーの最終公演で、足の負傷からパフォーマンスをすることができなかった鈴木さんを裏で支えていたのも、当然Aqoursの8人だった。「泣いてる暇はないよ、君には前説があるんだ」と鼓舞したり、「メイクが崩れちゃうよ」と心配したり、Landing action Yeah!!のイントロが流れる中、袖から見つめている鈴木さんの傍に近寄ってステージへと出ていくその直前まで元気づけようとしたり、それぞれのメンバーがそれぞれの形で彼女を励ましていた。そのときの鈴木さんの気持ちを私が知ることはできないけど、それでもイベント終演後のツイートからは、メンバーへの大きな感謝を充分に推し量ることができると思う。

 

分かりきっていることだけど、鞠莉はもちろんAqoursを強く愛している。でも、鈴木さんもそんな鞠莉に負けないくらい、Aqoursが大好きなんだと思う。1stライブから1年の節目にも「メンバーへの愛情はすごく大きくなりました」と話していた鈴木さんは、鞠莉と同じようにメンバー8人を想うその気持ちにおいて、「みんなが大好きだっていう想いがほんとに込められてる」New winding roadを歌う彼女に深く共感できたんだろう。

 

 

 

6公演目、千穐楽の福岡2日目だけは最後の“ありがとう”の形が少し変わっていた。これまでと同じように、マイクを離してから鈴木さんは口を開く。

 

“ありがとう、みんな”

 

声のない感謝を伝える先に、初めて当てられたスポットライト。“みんな”はもちろんメンバーを指していると私は思っていたけど、でもそれだけじゃなかった。

 

「みんなにたくさんありがとうの気持ちを込めて歌いました!届いたかな?」

 

最後の挨拶のとき、鈴木さんはそう言った。その問いを投げかけられたのは、ライブの場にいたすべての人々。メンバーはもちろん、ともにライブを作り上げていたスタッフの方々に、観客である私たち。肯定の歓声が大きくなるほどに、「みんな」という代名詞の輪郭は明瞭になっていく。8人のメンバーに向けられていたはずの感謝は、気づけば想い切れないほどにたくさんの人々をその射程に捉えていた。ツアーの中で一緒に同じ時間を過ごしてきたメンバーと鞠莉と、ここまでサポートし続けてくれたスタッフさんたち、そして最終地点まで追いかけてきたファンへの気持ちすべてが“ありがとう、みんな”に込められていたんだと、そのときに私はやっと思い知った。

 

いつも支えてくれてありがとう、一緒にシャイニーしてくれてありがとう。たぶん普段から感じてくれているそんな気持ちを、鈴木さんは歌とともに届けてくれたんだろう。アニメの物語に存在しないはずの人々へのその想いは、小原鞠莉としてというよりは純粋に鈴木愛奈自身に根ざす気持ちだったような気がした。思えば、幕張イベントホールを埋め尽くした紫の光の温かさに深く感じ入っていた鈴木さんは、その優しさに触れられてすごくありがたかったと語っていたことがあった。奇しくも劇中の鞠莉も足を怪我していたことがあったけど、それでもそのストーリーは確かに鞠莉とは切り離されている。そこには「鈴木愛奈」というひとりの役者に向けられた、オリジナルの想いの形があった。

 

今回、ソロ曲の演出はキャストそれぞれがやりたいことをやっていいと言われていたらしい。キャストはいろいろとアイデアを求められたみたいだけど、そうだとすれば、もしかしたら鞠莉の“ありがとう”も鈴木さんの発案なのかもしれない。鈴木さんは鞠莉の気持ちを自分がちゃんと表現できているか不安になるくらい、常に彼女を理解することに身を捧げている。劇中で描かれることのなかった、自分の知り得ない鞠莉たちの日常に思いを巡らせ、彼女の思い出のひとつひとつに触れられないことへのもどかしさや苦しさを感じることができる人。鞠莉とは違う人間だからこそ、鞠莉の気持ちを考えるときには自分の考えもそこに沿わせていく。かつて自分たちを「小原鞠莉“&”鈴木愛奈」とも表現していた鈴木さんは、実際のステージではラブライブ!サンシャイン!!のいちばんのファンでありたいと願った。だから最後に“ありがとう、みんな”と伝えてくれたのは、いつも鞠莉に寄り添っている彼女が、おそらく鞠莉の想いとは別に自分自身の想いも込めて、私たちに感謝の気持ちを届けてくれたんだろうと思う。New winding roadの通ずる先は、手を繋いで隣に並び立つ2人がそれぞれに想う“みんな”へと続いていた。きっと、鈴木さんはこの曲を“鞠莉と一緒に”歌い上げてくれたんだ、と気がついた。

 

 

 

「歌は私の人生を導いてくれました」と、インタビューで話していた鈴木さん。その言葉に秘めた、歌に懸ける気持ちの重みがどれほどなのかは、決して私に理解できるものじゃないと思います。それでも、いつかたったひとりの「鈴木愛奈」としての歌が聴きたいと切に願うほど、圧巻のステージでした。鈴木さんの歌声には、いくら文字を書き連ねても足りないような、言葉を超えた気持ちがたくさん詰まっていた気がしています。またひとつ、心に残る大切な思い出ができました。

相坂優歌1stライブ「屋上の真ん中 で君の心は青く香るまま」

相坂優歌さんの1stライブに行ってきた感想です。たぶんライブの話ほぼしてない。

 

※相坂さんのすべての発言は自分の記憶のみを頼りに書いており、メモなども取っていなかったため思い違いや勘違い、口調の違和感が多々あると思います。時系列も結構バラバラで途切れ途切れだったりもするので、そんなニュアンスの話をしてたんだなとー、ふんわり受け止めてくれるとうれしいです。よかったらぜひ曲も聴いてください。

 

 

 

「悲しい気持ちとかつらい気持ちって、誰もが思うことだと思うんですよ。表に出すと叩かれたりとか……メンヘラだとか言われたりもするけど、何がいけないんだろう?って思う」

「でもそうやって言う人たちこそ、きっと人一倍そういう気持ちになってるんですよ。悲しいとかつらいって気持ちがよくわかるから、それに敏感に反応してしまう。そう、私は思ったんですね。だから『無理すんな』と、『おまえもつらいんだな』って思うようになりました」

 

本編終了後のアンコールで、相坂さんはふいにそんなことを語り始めた。たぶん、クリープハイプの『大丈夫』のカバーを歌い終えたあとのMCだったと思う。

 

「夜道を歩いていたときに、急につらくなってしまったことがあって。その日もクリープハイプのアルバムをリピートしていたんですけど、そのとき『大丈夫』が流れてきて気付いたんです」

「誰かに、傍にいてほしかったんですね。『大丈夫』って言ってくれる誰かに」

 

ずっとμ'sを追い続け、そして今Aqoursを追いかけている私にとって、「弱音を吐かないこと」「悲しいことやつらいことがあってもそれを表に出さないこと」を努めて実践している人々が、いわゆる「大人」なんだろうと私は思っていた。たぶんそれは間違いじゃないし、精神的に自立している生き方があるべき姿なんだとも思う。当然みんな努力しているところをひけらかさないし、私たちに喜怒哀楽の喜と楽しか向けようとしない人もいたりして、とにかく楽しい面だけを見せようとする姿勢はすごくファン思いだと日々感じていた。そういった芸能面のプロ意識はもちろん相坂さんも備えているように思えるけど、それでも日々の出来事の中で何かに対してつらい、悲しいと思ってしまうことそれ自体にも共感しようとしてくれる相坂さんのスタンスは、私がずっと慣れ親しんできたμ's/Aqoursとはまた違った身近さがあったように感じた。 

 

 

 

「言葉って本当に強いから簡単なことで傷ついちゃうけど、でもだからこそ、誰かに『大丈夫』って言ってもらえると『なんとかなるか』って、『大丈夫』って思えるようになれると思うんです」

「もしかしたらみんなは『大丈夫』って言ってくれる人がいないって言うかもしれないけど、ここに1人います!」

 

おもむろにそう宣言し、「大丈夫!」と続けようと息を吸ったそのとき、何か思いついたような顔をした相坂さんは手に持ったマイクを自分の口から離し、叫んだ。

 

「大丈夫!大丈夫だよ!」

 

その声を耳にした瞬間、私の胸に言いようもなく溢れてきた気持ちがなんだったのか、今もよくわからない。

 

これまで披露されてきた歌声とはまったく違う、マイクを通さない素の肉声で私たちに向かって放たれた「大丈夫」という言葉は、「言葉って本当に強いから」という主張を裏付けるかのように強く、強く会場内に響き渡った。決して狭くはないZeppDiverCityの奥の奥まで、「後ろー!見えてるぞー!」「2階の民ー!見えてるから!」と何度も声を届けてきた相坂さんの、そこにいるすべての人に向けて自分の声帯だけで想いを伝えようとする姿に、日本最大級のライブハウスは水を打ったように静まり返っていた。私は何の根拠もなく、何が大丈夫なのかもわからないまま、ただポジティブな勇気が胸の中から湧いてくるような気がした。失敗した人間関係だとか、最近上手く行ってない仕事だとか、どんなに無意識下に追いやろうとしても、ライブのような非日常の中でもたまにふっと頭に浮かんでしまう不安な気持ちに一条の光が射したような感覚を覚えたこの瞬間は、今も確かに心に刻まれている。

 

 

 

「みんな生きてるだけで偉いと思うから、私はみんなのことを褒めます!だから、私のことも褒めてほしい」

「つらいことがあったらリトマス紙に送ってくれれば私が読むし。……あ、宣伝みたいになっちゃったね……お手紙とかでもいいから!そしたら私が読んで、『うん、大丈夫!』って言ってあげるから」

 

悲しいことやつらいことがあっても、みんなで「大丈夫」と言い合っていけば優しい世界になるんじゃないかと、「そうすれば平和じゃないですか」と語る相坂さんは、自分もその“みんな”のうちのひとりなんだと、孤独な仲間なんだと言うように、ひとりぼっちの私たちに向かって真摯に語り続けた。

 

ネガティブな気持ちは、重い感情だと思う。負のオーラだとか雰囲気が暗くなるだとか言われるように、その澱んだ空気はたやすく周囲に伝染してしまう。心に溜め込んだその感情を振り撒けば、自分だけじゃなく他人の気まで重くさせてしまう。だからきっと、人は胸から溢れる黒い気持ちに蓋をしようとする。そうしないと、自分の周りから誰もいなくなってしまうから。本当にひとりになってしまったら、今よりももっと苦しくなってしまうから。そういう扱いづらい、でも誰もが抱いて当たり前のネガティブな気持ちを、相坂さんはすべて受け止めようとしていた。目の前にいるみんなが自分のファンだとはいえ、ゆうに1000人を超える大所帯だ。様々な人たちが様々な悩みを抱えて、この日をともにして同じ場に立っていたと思う。一人ひとりからどんな苦しみが飛び出してくるかわからないし、それぞれの痛みが他人に耐えられるものなのかもわからない。それなのに、ぴんと張り詰めたその無数の感情たちに、相坂さんはたったひとりで「大丈夫だよ」と声をかけて、あたたかな希望を与えようとしてくれていた。

 

なんて愛に溢れた人なんだろうと、そう思った。

 

すすんで聞きたいような、楽しい話ではないだろう。他人の悲しみやつらさを受け止めることで、自分まで不必要にネガティブになってしまうかもしれない。それでも、たとえそうだとしても、自らその重みに耳を傾けて「大丈夫」という言葉で安らぎを宿そうとしてくれる相坂さんの心意気は、確かな愛だったように感じた。 

 

 

 

「私後ろ向きに見えますけどめっちゃ前向きだからね!ほんとに!だって……こんなに応援してくれる人がいるのに、何をネガティブになることがあるんだと」

 

PA卓がある後ろの座席にまで目を凝らして、相坂さんは感慨深げに会場内を見つめていた。

アンコール、最後の曲を歌う少し前だったと思う。

 

「普段言わないですけど、本当に皆さんのことを愛しています」

 

そう言って、相坂さんは深く頭を下げた。

 

そのとき、去年「ひかりを灯す会」で相坂さんが零した『みんなの中の一番になりたいなあと思う瞬間があったりするんですよ』という言葉が脳裏を過ぎった。

 

演者とファンは通常、一対多の構図を取る。1組の演者が居て、多くのファンがその人を応援する。演者を取り囲む人々の名は、「ファン」という特定の個人を指さない抽象的な名詞になる。だからファンは複数人居る状態が当然だけど、その真ん中に立つ演者はその人1人しかいない。ひとつの輝きに魅せられて、集まるたくさんの小さなひかり。でもこの一対多の認識は、演者の立場からすればきっと鏡写しなんだと思う。

 

演者にとって、ファンは私たちしかいない。

 

「ファン」と呼ばれる人たちがその演者以外にも他の誰かのファンを兼任していることはよくある話で、当の相坂さん自身もその例に漏れずいろんなアーティストさんを応援していると以前話していた。それはまったく悪いことではないし、様々な人に興味を持つことは至極当たり前のことだ。でも、演者にとってこれは心労の種に違いない。なぜなら、応援してくれるファンがいつ自分の目の前から姿を消してしまうか演者にはわからないし、いつ自分に関心を持たなくなってしまうかも決して知ることはできないからだ。だから、「いま応援していてくれる」ただそれだけで、演者はファンに感謝を伝え続ける。おそらく、自分自身の存在は自分のことを見てくれる「ファン」が多数興味を示している対象のうちのひとつに過ぎない、という自覚はどんな演者にも少なからずあるんだろうと思う。だから、相坂さんにも「みんなの中の一番になりたい」という欲求が生まれたのかもしれない。一番になるために、いつまでも自分のことを好きでいてもらうために、きっと演者は精一杯磨き上げたパフォーマンスを見せたり、日頃の想いを届けたりしてくれるんだろう。そうしてずっと自分のことを見ていてくれる人たちの声や姿を糧に、演者はさらに自身の芸や表現を突き詰めていく。

 

相坂さんは「ひかりを灯す会」でこうも言っていた。 

『そこにいてくださってるだけで、ほんとにいろんな意味を含めて助けていただいてますから』

 

私たちが今この場に集まっていることがどれだけ相坂さんの力になれているのかは全然わからなかったけど、それでも真正面から「愛しています」とストレートに伝えてくれたことで、相坂さんがきっと私には想像もつかないくらいにファンを大切に、大切に想っているだろうことを実感した。それだけで、答えはもう充分だったような気がした。

 

相坂さんが救われたという「大丈夫」という言葉はたぶん、それ自体に特別な魔法がかかっているわけじゃない。つらいことや悲しいことがあっても、それ自体は分かち合えずともお互いに話を聞いて声を掛け合えて、自分を気にかけてくれる他人が傍にいるんだ、と向けられた「大丈夫」の言葉でそのことに気づくことができる、ただそれだけのことなんだと思う。そうして少しだけでも上を向くことができれば、なんか良いことあるかもしれない、と未来を少し明るく感じられるんだろう。

 

 

 

「本当に最後の曲です」と、1stライブの最後に披露されたのはデビューシングルの『透明な夜空』。

 

“ねぇ 君がただ居るだけで わたしはうれしいの知ってた?”

“大丈夫だって思うのと おんなじくらい心配で”

 

紡がれる歌詞は、ライブ冒頭で聴いたときよりもずっとずっと、深く心に沁み渡っていった。ポジティブな気持ちだけじゃなくて、誰だって感じるネガティブな気持ちにもまっすぐに寄り添って、「大丈夫」と言ってくれる相坂さんの大きな愛と人生への哲学に、とても感銘を受けたライブだった。

松浦果南について

アニメの松浦果南さんの話。2期が始まる前にまとめておきたかったやつです。

 

 

この文章の要旨は以下の通りである。

・廃校阻止の成否は鞠莉の将来に一切関係しない

・9話までに果南が得たものは“鞠莉の想い”のみ

・アニメ全話を通して果南のスクールアイドルへの価値観に特に変化は生じていない

 

 

まず前提として、8話までにおよそ想定されていた、そして鞠莉が幻視していた「松浦果南」像を描写する。極力劇中からのみ考えられることを記述しているが、人により相違点が認められる場合がある。なお、『』内は劇中の台詞をそのまま引用したものである(以降同じ)。

 

「1年生の果南は学校を廃校から救うべく、ダイヤとともに鞠莉を誘いスクールアイドルAqoursを結成した。やがて東京のイベントに呼ばれるものの、果南は『他のグループのパフォーマンスのすごさと、巨大な会場の空気に圧倒され、何も歌えなかった』。そうしてスクールアイドルに挫折した果南は、Aqoursの活動を終わらせることに決めたのだった。

2年後、3年生になった果南は今もその傷が癒えないまま日々を過ごしている。スクールアイドルで廃校を阻止することは荒唐無稽な試みであると考えているため、千歌たちの活動も内心快く思ってはいない。本人の目の前でそのことを言うことはないが、2年前の経験からスクールアイドルに可能性を感じられなくなっている果南は、千歌たちがいつか折れてしまうことを心配し、8話で鞠莉に対し『外の人にも見てもらうとか、ラブライブに優勝して学校を救うとか、そんなのは絶対に無理なんだよ』と言い放つ。

まとめると、果南は過去の失敗をトラウマとしてスクールアイドルを避け続けている」

 

  • 1.9話で生じた「矛盾」と、それに対するひとつの解釈

しかし9話、果南は東京のイベントで空気に圧倒されて『歌えなかった』のではなく、敢えて『歌わなかった』のだとダイヤの口から語られた。その理由は、当時足を怪我していた鞠莉を庇うためだったという。

 

本当にそうだろうか。

 

前に書いたとおり、果南は8話で「スクールアイドルで学校を救うことは無理」という趣旨の発言を残している。その発想に至る過程には『歌えなかった』自身の挫折経験が密接に絡んでいるはずであり、だからこそ果南は過去の自分たちと同じ轍を踏んでしまった千歌たちをけしかけた鞠莉に対し、『ダイヤから聞いた、千歌たちのこと。どうするつもり?』と責める。2年前に同じことで失敗したでしょ、鞠莉もこうなるってわかっていたはずでしょ、と。

しかし、ダイヤの言うように果南が『歌わなかった』とするならば、彼女のこの言葉からは途端に説得力が消え失せてしまう。『歌えなかった』という事実が消えた瞬間、「千歌たちの道の先には絶望しかない、失敗して私たちみたいに傷つく前にやめさせるべきだった」という論理は破綻してしまった。なぜなら、果南は「そもそも挫折などしていなかった」のだから。つまり、『そんなのは絶対に無理なんだよ』と語るに足る根拠を果南は持っていなかったことになる。

 

8話と9話との間で発生した「矛盾」としてしばしば言及される事例は、果南に限って言えばそのほとんどがおそらくこの問題に関する話だと思われる。この辻褄を合わせるには、「会場の空気に圧倒されたことは、多少なりとも事実である」とするのが手っ取り早い。

つまり、東京に集ったスクールアイドルの圧倒的なパフォーマンスを見た果南は、これまで抱いていた自信を喪失するくらいには大きな衝撃を受けてしまった。そして自分たちの活動に疑問を持ち始めた果南は、鞠莉の怪我も鑑みて最初からパフォーマンスをすることを放棄した。この経験を踏まえ「私たちのレベルではスクールアイドルを続けても意味がない、学校を救うことは無理だ」という発想に行き着いた果南は、ダイヤとも相談して「このままでは自分たちのせいで、鞠莉から未来のいろんな可能性が奪われてしまうのではないか」という懸念を持つに至り、Aqoursの活動停止を決定した(9話冒頭)、という筋書きである。つまるところ、果南は『歌えなかった』し『歌わなかった』ということになる。

もしこのようであるなら、果南のスクールアイドルへの挫折経験はこれまでと変わらず保証されるため、8話の海軍桟橋での発言に(これまで想定されていたものと同じ)説得力を付与することができる。『誰かが傷つく前に』の「誰か」も、これまでの予想と同じように千歌たち新Aqoursの6人を指していると考えられる。ダイヤが9話で『わざと歌わなかった』と語ったのは、果南の不器用な思いやり、鞠莉を想う気持ちを鈍感な鞠莉に気付かせるためだとすれば説明は付くだろう。

 

一見筋の通った話のようにも思えるが、しかしこの解釈にも疑問が残る。

 

  • 2.生まれる新たな「矛盾」

1.で説明した果南の考えの底には「挫折」がしっかりと結びついている。勿論、8話までに匂わせてきた果南の「挫折=圧倒されて歌えなかった経験」の示唆を覆した9話の種明かしを「矛盾」と捉え、果南のこれまでの行動を説明するには「挫折」が必須要件であると前提して話を進め、整合性を取ろうとしてきたからだ。

 

しかし、これでは説明のつかない台詞が9話に存在する。弁天島頂上、『今は後輩もいる』と周りを巻き込んででも果南を奮起させようとした鞠莉に対し、果南が言い放った『だったら、千歌たちに任せればいい』という言葉だ。そんなにスクールアイドルに拘るのなら、千歌たちにスクールアイドル活動を任せればいい、千歌たちに学校を救わせればいい、と果南は言う。

 

もし果南が「挫折」を経験していた場合、こんなことを言えるはずがない。

 

なぜなら、既に8話で千歌たちの行く末を懸念し鞠莉を責めた果南は、『ラブライブに優勝して学校を救うとか、そんなのは絶対に無理』だと宣言しているからだ。「絶対に無理」な戦いに挑んで敗北した千歌たちの話を聞いているのにもかかわらず、その千歌たちにスクールアイドル活動を任せて廃校を阻止させておけばいいと言い捨てるのは些か考えづらい*1。それに、そもそも『誰かが傷つく前に』の「誰か」は千歌たち新Aqoursを指していたはずで、果南はこれ以上千歌たちに辛い思いをさせたくないがために鞠莉を非難しに来たはずであり、失敗することが目に見えている千歌たちのスクールアイドル活動を推奨するような素振りを見せるわけがないのだ。

 

  • 3.果南は本当に「挫折」していたのか

とはいえ、4話然り*29話然り*3、「挫折」を経てスクールアイドルに希望を見出せなくなっていたはずの果南は、時折千歌たちのスクールアイドル活動を応援しているような言動を取ることがあった。アニメ世界の外側にある考えを論拠とするのはセオリーに反するかもしれないが、ここで果南の声を担当する諏訪ななかさんの果南評を取り上げてみることにする。

諏訪「果南も、千歌たちがスクールアイドルをしているのを聞いてはいたけど、自分の過去のこともあって、なかなか表立って応援できなかったしね」

声優アニメディア 2016年11月号 p45)

勿論諏訪さん自身が一言一句同じ文言を語ったという保証はないが、「表立って応援できなかった」という表現は目を引くものがあるだろう。つまり果南は最初から千歌たちのスクールアイドル活動を応援するつもりでいたのか、と、しかも「表立って」とはどういうことか、誰かにその応援の意思を隠さなければならなかったのか、と。確かにそうであれば、千歌たち2年生の前でだけ『ま、がんばりなよ』『練習、がんばってね』と言葉を投げかけていた果南にも納得が行く。「過去の自分と同じ絶望に身を浸しかけている千歌たちを苦い思いで見つめる松浦果南」は、おそらく諏訪さんの中には存在していないように思える。

果南の「挫折」について考える上で印象的なのは12話、東京から帰る電車内で口にした『私は、学校は救いたい』という台詞だ。何度も引用した、8話で鞠莉に浴びせたネガティブな言葉と真っ向から対立する思いであることをまずは認識したい。つまり、少なくとも12話の果南は「スクールアイドルで廃校を阻止できる」ことに疑いを持っていないのである。ここで問題となるのは、新Aqours加入前後における果南の心境の変化の有無についてだろう。具体的には、「果南は“スクールアイドル活動に再び希望を見出した”から新Aqoursに加入したのか」ということだ。新Aqoursに加入してからの10話以降、他の8人と同様にAqoursの活動を楽しんでいるように見える果南だが、そもそもなぜ彼女はあれほど拒否し続けたスクールアイドル活動、そしてAqoursをやり直すことに決めたのだろうか。

 

  • 4.なぜ果南はスクールアイドルを終わりにしたのか

それを考える前に、時系列を追ってもう一度2年前の果南の心を洗い出すこととする。第一の問いとして、果南はなぜスクールアイドル活動、Aqoursを辞めることにしたのだろうか。当然、鞠莉の将来を案じたがためである。3年生の在り方を考える上で、10話で『あなたの立場も、あなたの気持ちも、そして、あなたの将来も。誰よりも考えている』と慈しみ深く語ったダイヤを偽とする命題は成り立たないだろう。まずはこの大前提を共有しておきたい。

第二の問いとして、果南はなぜ自分がスクールアイドルを辞めることが、鞠莉の留学に繋がる要因足り得ると考えたのか。それを突き止めるには、1年生時分の果南の視界をまずは把握する必要があるだろう。可能な限り作中から読み取れる範囲内で2年前の果南を以下に描写するが、違和感や齟齬が認められるかもしれないことは前に述べたとおりである。

 

「果南は廃校を阻止すべく、ダイヤと一緒に鞠莉を誘いスクールアイドルAqoursを始めた。その活動は順調に進み、Aqoursは東京のイベントに呼ばれるまでになった。しかしその一方で、鞠莉が『留学や転校の話があるたびに全部断っていた』ことに果南は気付いていた。『そんなとき』、果南は『もし向こうで卒業すれば大学の推薦だって』貰えるかもしれない留学の誘いすらも擲ち、『私、スクールアイドル始めたんです。学校を救うために』と意気揚々と話す鞠莉を見かけてしまう。それを決定打として、果南は「鞠莉は自分の将来のために留学すべきだ」という考えを固める。そして、東京のイベントに参加した果南は鞠莉の足の怪我を鑑み、何も歌わずにステージを棄権した。内浦に戻った果南は鞠莉に『行くべきだよ』と留学を勧めたのち、Aqoursを『終わりにしよう』と提案したのだった」

 

ここから窺い知れるのは、果南は心の中で「私がスクールアイドルに誘ったせいで、鞠莉から将来の可能性が失われてしまう」と決め込んでしまったのではないかということだ。

 

それまでは朧気な不安視、それこそ「鞠莉、留学とか転校とか断ってるけどいいのかな」という程度の些細な心配だったのかもしれない。それでも、職員室での会話を聞いてしまった果南は決定的に自覚することとなる。つまり、「鞠莉が留学を断っているのは自分のせいだ」ということにはっきり気付いてしまったのだ。もしかすると、閉ざされた内浦の淡島で、海と空と山とその他には何もない小さな島でずっと過ごしてきた果南にとって――ダイビングショップの実家を継ぎ、高校卒業後も内浦で暮らしていくことに何の疑問も抱いていなかったはずの果南にとって、“大学”という言葉はあまりにも自分から遠すぎたのかもしれない。とにかく、一気に現実感に襲われた果南はこの留学だけはなんとしても行かせなきゃならないと思い詰めてしまったのだろう。少なくとも、『ご両親も先方も是非っておっしゃってるの』と鞠莉の説得を図る先生の熱心な声音は、果南に「やっぱり、鞠莉は私とは違う世界に生きている人なんだ」と改めて認識させるに足る出来事であったと推測される。

 

ここで重要なのは、「スクールアイドル活動による廃校阻止の成否は、鞠莉の将来にまったく関係しない」ということである。

 

当然だ。浦の星女学院の廃校が取り消されたところで、鞠莉が留学に行く理由には一切ならないからである。むしろ学校が存続することで、鞠莉の貴重な高校生活がこの場所で終わりを迎えてしまいかねない。果南の願いは今や「廃校阻止」ではなく「鞠莉の将来が拓かれること」にある。学校を救うことよりもスクールアイドルで輝くことよりも、鞠莉が広い世界へ羽ばたき幸せな人生を過ごすことこそが、果南にとっての幸せだった。だからこそ、果南は『離れ離れになってもさ、私は鞠莉のこと、忘れないから』と来るべき別れを示唆していたのだ。

さて、そのために自分はどうすべきか。選択肢はただひとつ、鞠莉をこの地に留めている元凶たるスクールアイドルを終わらせ、Aqoursの活動を停止させるほかなかった。勧誘した当人の自分が自らスクールアイドルを拒否することで鞠莉をもそこから遠ざけ、それよりも遥かに有意義だと信じた留学へ行かせようとしたのである。長くなったが、これが第二の問いの答えとなる。『ダイヤも同じ意見』から窺えるように、事前にダイヤに根回しを行ってまで、自分とダイヤが脱退することはもはや不可避であると鞠莉に突きつけ、Aqoursというグループを完全に瓦解させ鞠莉の闘志の拠り所を失わせることが果南の目的だった。そうした果南の身を切る想いが功を奏し、浮かぬ表情の鞠莉は留学に向かうこととなった。

ここからは完全に想像でしかないが、果南は東京のイベントで鞠莉の足の怪我を考慮して歌わなかっただけではなく、あの大きなステージを「鞠莉に失敗を味わわせるための舞台」として使ったのかもしれない。つまり、パフォーマンスの強行による鞠莉の怪我の悪化を回避しつつも鞠莉の志を摘み取るために、大舞台を迎えた自分が自信を失ってしまったことを印象付けようとした可能性である。自分が最初に誘ったのだから、その本人が最初にやる気を無くしてしまえば鞠莉も諦めるだろうと考えたゆえだとすると、この行動も腑に落ちるのではないだろうか。2年前も現在も、果南は「私はスクールアイドルはやらない」と明言することで鞠莉からスクールアイドルを排除しようとしていることからも、その思考回路に不自然な点は見受けられないように思われる。

要点としては、果南は一貫して「鞠莉にスクールアイドルへの気持ちを捨てさせるために行動していた」ということである。また、『歌えなかった』という「挫折」はその目的を達成するための演出のひとつであった可能性がある。

 

  • 5.果南は「挫折」などしていなかった

時系列を戻す。そうした果南の想いに反し、鞠莉は留学先で卒業することなく課程を2年で終えて内浦に舞い戻ってきた。そして初めて2人のやり取りが描写された4話を経て8話、1.でも取り上げた海軍桟橋のシーンが訪れる。千歌たちの惨状を聞きつけた果南が鞠莉を呼び出し、同時刻の千歌たちの様子を挟みつつその判断を責める場面だ。

1.では、この会話に立脚して「果南は多少なりとも挫折を経験していたはずだ」という旨の主張を展開した。しかし、1.のロジックでは新しい矛盾点や相反する点が見出されるということは2.と3.でそれぞれ示したとおりである。そして4.では、当時の果南の胸中を追いながらスクールアイドルを終わりにするまでの果南の行動指針を示したが、その角度からもう一度8話の会話を捉え直してみる。

4.で述べたとおり、留学が明るい未来をもたらすと信じていた果南は、それを実現すべく鞠莉の戦意を喪失させることに腐心していた。職員室での会話を耳に挟んだ時点で、我の強い鞠莉に口先のみで留学を勧めたところで簡単に心変わりをするわけがないことを誰よりもわかっていた果南は*4、鞠莉が今スクールアイドルに傾けている情熱を黒く塗り潰すことで、鞠莉から留学に向かう以外の選択肢を奪い去った。そして3年生の現在、それでもなお折れることなく戻ってきてしまった鞠莉に対し、果南はかつて『もう続けても、意味がない』と語ったあのときを想起させる沈痛な表情を浮かべ、『そんなのは絶対に無理なんだよ』と、あのときと同じようにスクールアイドルを諦めるように迫ったのが、8話の海軍桟橋の一幕である。

 

ここにおいて、果南の「挫折」はまったく焦点ではない。

 

なぜなら、果南が自身のスクールアイドルへの絶望を露にしたのは、自分たちの過去を踏まえ「傷ついた自分を守りたかったから」というのが理由ではないからだ。果南がそうしたのは、輝かしい未来の可能性を放り投げてまで再び故郷の土を踏むことを選択した、鞠莉のスクールアイドルへの不屈の信心を今度こそ徹底的に刈り取ることで、「鞠莉の将来を取り戻したかったから」に他ならない。2年前も私たちは『歌えなかった』、千歌たちだって失敗した、だからやっぱりスクールアイドルなんて諦めるべきなんだ、と伝えたのは決してスクールアイドルに「挫折」した自分を正当化するための言葉ではなく、スクールアイドルに身を捧げ自ら未来を捨てようとしている鞠莉を救い出すための言葉だったのである*5

もしかすると、果南は鞠莉にもう一度留学に向かってほしかったのかもしれない。あるいは違う学校で、将来に向けた研鑽を積んでほしかったのかもしれない。明確なビジョンは不明だが、果南のそんな不器用な気持ちが窺えるのが9話、教室で鞠莉と取っ組み合いの喧嘩を繰り広げたときに口にした、『鞠莉には他にもやるべきことがたくさんあるでしょ』という言葉だ。鞠莉はこんな場所でスクールアイドルやってる暇なんかないでしょと、鞠莉の未来に広がる無限の可能性を信じる果南の本心がふいに零れた瞬間だった。

 

では挫折がカモフラージュであったとするならば、海軍桟橋を去る間際に果南が呟いた『誰かが、傷つく前に』とはいったい誰を指していたのだろうか。1.と2.では「千歌たち新Aqours」としてきたが、実はここには致命的な時系列のズレがある。どういうことかというと、果南はダイヤから千歌たちの結果を聞いたために鞠莉を呼びつけたわけだが、そのときには既に千歌たちは東京でのパフォーマンスを終え、その絶望的な結果とともに内浦に帰ってきている。要するに「千歌たちは既に傷ついている」わけで、「千歌たちが傷つく前に」という示唆は最初から成り立たないのである。となると、果南の視点においてまだ「傷を負っておらず」「これから傷つこうとしている」人は誰か、という疑問が生まれる。答えは簡単だ。

 

その人物は、スクールアイドルに拘泥し素晴らしい未来の可能性を再び失いそうになっている、鞠莉自身に他ならない。

 

スクールアイドルばかりに目を向けて将来のことを全然考えてない鞠莉は、いつかきっとこの先後悔する。私たちのせいで、鞠莉の人生が台無しになってしまうことだけは絶対に防がなきゃいけない。そうした想いがあった果南は2年を経たあの瞬間でさえも、かつてと同じように鞠莉の眼中からスクールアイドルを消し去ろうと必死だったのである。

 

以上をまとめる。まず、果南はスクールアイドルに挫折などしていなかった。果南は、壊れそうになっている鞠莉の未来を守るために、間違った道を歩もうとしている鞠莉を在るべき場所へと連れ戻すために、発起人たる自身の「挫折」を理由に鞠莉を縛り付けたままのスクールアイドルを拒み続けていたのである。果南の言動における「矛盾」と称した点は、これらを以って解消されたはずだ。

ここでようやく、3.で提起した問いに戻ることができる。「挫折」が取り払われた今、果南にとってスクールアイドルとはどういったものだったのだろうか。9話、鞠莉はこれまでと変わらず留学も転校もすることなく、新Aqoursに加入して活動していくことを選び取った。それなのに、果南はどうして鞠莉とともにAqoursを再開することに決めたのだろうか。

 

  • 6.果南がスクールアイドルをやり直すまで

9話の後半に至るまで、果南は鞠莉に対し真っ向からスクールアイドルを否定する姿勢を貫き続けた。それが覆されるのが、雨の降る中鞠莉に呼び出された先の部室の場面だ。感情を露にする鞠莉の言葉を聞いたあの瞬間、果南は「鞠莉ではなく自分を縛っていた」スクールアイドルの鎖から解放される。果南と鞠莉のすれ違いの要が明らかになったシーンである。

すれ違いの原因はこうだ。前項までに見てきたように、鞠莉が戻ってきてからというもの、果南はずっと「自分のせいで、鞠莉はスクールアイドルに固執している」と思い込んでいた。東京で敗北を喫した経験を通し、鞠莉をスクールアイドルから引き剥がそうとしたことが逆に鞠莉のハートに火を付け、ついには仇となってしまったというやるせなさに苛まれていたのだろう。これが果南の勘違いであり、だからこそ果南は3年生になった現在でもなお、それでもまだ間に合うのかもしれないならと、鞠莉の要求を意固地に拒絶していたのだった。

そんな果南だったが、『果南が歌えなかったんだよ?放っておけるはずない!』という鞠莉の激情を受け取ったことで、ようやく自分が大きな思い違いをしていたことに気付く。つまり、「鞠莉がスクールアイドルに拘っていたのは、負けが悔しかったからとか廃校阻止に燃えていたからとかじゃなくて、全部私のためだったんだ」ということを知ったのである。鞠莉はスクールアイドルのことしか頭にない、と思い込んでいた自分が誰よりもスクールアイドルに囚われていたことを自覚した果南は、「挫折」して傷ついた自分を助け出すために新しい成功の記憶で過去を上書きしようとしてくれていた、鞠莉の一途な想いをやっと正面から感じ取ることができた。だからこそあの言葉は鞠莉の“不器用な告白”足り得るわけであり、それゆえに果南はその気持ちに対し、幼い頃から鞠莉とずっとそうして心を交わしてきた“ハグ”で応えたのである。

まだカタチもわからない将来よりも、大切な人たちと過ごす今の方が大事だと思えたのかもしれない。「鞠莉には私とは違う未来がたくさんあるから」と、ひとりで勝手に置いてしまった遠い距離を飛び越え、自分を選びに来てくれた鞠莉の“告白”を抱きしめたことで、「本当は私も鞠莉と一緒にいたかった」という本心に気付いたのかもしれない。とにかく、もはやスクールアイドルを拒む必要が無くなった果南は、かつて夢半ばで眠りについた未熟DREAMERの衣装に袖を通し、Aqoursとしての復活を果たす。そうした訳のひとつには、誰よりもスクールアイドルが大好きだったダイヤを、自分のエゴで2年間も振り回し続けたことへの贖罪もあったのだろうと思われる。自分の独りよがりなわがままのせいで長い間“好き”を我慢し続けずっと無理してきたダイヤを、本音を言わず一緒に迷惑をかけてきた鞠莉と2人で“ハグ”してみせた、未熟DREAMERという歌そのものがその証左である。そしてなによりの理由は、もっと根源的でシンプルなものだろう。

 

結局のところ、果南もただ単純にスクールアイドルを諦めきれなかったのである。

 

 『私たち、もう3年生なんだよ』『卒業まで、あと1年もないんだよ』――まるで、時間があればやっていたとでも言うような台詞とともに勧誘を固辞する果南のその姿は、抗うことのできない絶対的な時間の流れを半ば自分に言い聞かせているようですらあり、少し逸れたその返答からはスクールアイドルへの隠しきれない未練が顔を覗かせている。そしてそれは、体育館で優雅に舞っていたダイヤを想起させるような、弁天島の頂上を舞台にひとり踊る9話の果南自身によって証明される。鞠莉の未来のために夢を諦めた果南と、その心持ちに付き従ったダイヤの大人びた愛情は、畢竟他でもない自分たちに満たされない空白を残すだけの不完全な想いだったのだ。

 

  • 7.果南から見た「スクールアイドル」

こうして鞠莉とのすれ違いが解決した果南は、晴れてAqoursとしての日々を取り戻す。すぐにそう出来たのは、無論「挫折」していたわけではないからだ。これまでの物語において、スクールアイドルとしての在り方に気持ちを動かされた梨子や善子、スクールアイドルの楽しさに徐々に惹かれていった花丸などとは違い、こと果南に関してはこうしたスクールアイドルそれ自体への価値観の劇的な変化は一切発生していない。果南は1話から終始スクールアイドルという概念そのものに負の感情を抱いていたというよりも、自分たちがスクールアイドルに誘い入れたせいで鞠莉をこの場所に縛り付けてしまった、というある種身の丈を超えた自責に陥っていたのであり、その苦しみから解放されたことをきっかけに、実際は心の奥底で渇望していたスクールアイドルの輝きにもう一度手を伸ばそうとするのはまったく不自然ではない。つまり、果南は「スクールアイドルにもう一度可能性を見出したから」新Aqoursへの加入を決定したのではなく、果南と同じ世界に居たいという“鞠莉の想い”を得たことで、ただ「スクールアイドルへの気持ちを抑える必要がなくなった」だけにすぎないのである。

このような果南の心情は12話、『私は、学校は救いたい』という言葉に表れている。ここまで見てきたように、果南はスクールアイドルの素晴らしさを誰かに説かれたというわけでもなく、失敗から立ち直り活動を楽しく感じられるようになったというわけでもないまま、さもそれが当然であるかのように「廃校阻止」を目標と宣言する。それは誰に言われるまでもなく、学校を救うことのできるスクールアイドルの力を初めから信じていた人の言葉だ。だから、9話の果南は鞠莉に隙を与えないようにスクールアイドルを否定しながらも、『だったら、千歌たちに任せればいい』と廃校阻止に奔走する幼馴染たちの活動を暗に肯定できたのだろう*6

 

気になるのはその後、『けど、Saint Snowの2人みたいには思えない。あの2人、なんか1年のころの私みたいで』という台詞だ。A-RISEやμ'sのすごさを知るためには『ただ勝つしかない、勝って追いついて同じ景色を見るしかない』と、同じ高みにまで上り詰めれば彼らの偉大さの由縁が理解できるに違いない、という愚直なほどにまっすぐで純粋な信念を9人の眼前に突きつけたSaint Snowに、果南はかつての自分を見たようだというのである。なぜ果南はそう思ったのだろうか。

 

簡潔に言えば、Saint Snowの考えに対し“視野狭窄”を感じたことが原因だと考えられる。輝きへの道はただひとつしかないと決め込んで、その道標を先人が残した足跡にすぎない“勝利”のみに託しているSaint Snowは、「鞠莉は留学に行くべきだ」と親友の生き方をただひとつに定め、誰もまだその輪郭すら知らない“未来”だけに価値を置いていた2年前の果南とよく似ているのかもしれない。

 

1年生の果南の“視野狭窄”は、重なり合う2つの要素から構成される。3人でスクールアイドルを始めたばかりの果南は、μ'sの伝説と栄光に倣い「自分たちも学校を救う」という夢のような物語に目を輝かせていたわけだが、その結果として鞠莉には大切な将来があるということを失念してしまっていた。この「友達のことを考えてあげられなかった」という後悔がまずひとつとして挙げられる。そしてもうひとつは、“そう思い込んでしまったこと”それ自体だ。つまり、果南は「鞠莉には有望な未来があるんだから、この学校でスクールアイドルなんかやってる場合じゃない」と、その後悔が変貌して生まれた自分勝手な考えを振りかざし、ダイヤの夢を潰えさせてまで鞠莉を役立ちこそすれ本人の望まぬ留学に送り出したことで、2年間の長きにわたって軋轢を残すことになってしまった自身の行動を顧みているのである。鞠莉の将来に目を向けてあげられなかったこと、鞠莉の将来「だけ」に目を向けてしまったこと、そのどちらも今の果南にとっては自分の“視野狭窄”が生んだ過ちであり、Saint Snowに対し同族嫌悪にも似た感情を抱いてしまった理由となり得る。

鞠莉とのすれ違いを解消した現在の果南の心には、端緒を辿れば自分がμ'sの輝きや「学校を救う自分」への憧れに囚われてしまったことに起因する空白の2年間への回顧から、何かひとつのことだけに目を向けて自分の周りの大切な人たちとその想いを見失ってはいけないという自戒がしっかりと根付いている。だから、果南は12話で『追いかけちゃダメなんだよ。μ'sも、ラブライブも、輝きも』と言った千歌に『なんとなくわかる』と同意を示すことができたのである。このことは、もしかすると13話で『オーバーワークは禁物ですわ!』『by果南!』と、息を合わせて果南のアドバイスを口にしたダイヤと鞠莉の場面にも活きているのかもしれない。誰かひとりではなく、“全体”をよく見ながらメンバーを陰から支えるしっかり者のお姉さんとしての果南の姿は、これまでの諍いとそれに対する自省の中で重ねた成長に依るところもあるのだろうと想像できるワンシーンだ。

 

  • 9.おわりに

最後に結論を記す。

・「廃校を阻止したとしても鞠莉の将来の可能性が失われることに変わりはない」と気づいた時点で、2年前の果南にとってスクールアイドルは『続けても意味がない』活動となった

・技術面で挫折したわけではない1年生の果南はただ鞠莉の将来を最優先事項に据えていただけであり、スクールアイドルそのものには最初から肯定的だった

・“鞠莉の想い”を受け入れたことをきっかけに、果南は自身に眠るスクールアイドルへの夢を取り戻した

 

 

*1:「売り言葉に買い言葉」という状況は考えられるかもしれないが、『私は戻ってきてほしくなかった』『もう、あなたの顔見たくないの』と悲しげに語る果南に激情の色は見出し難い。

*2:淡島神社階段にて『まあ、がんばりなよ』

*3:千歌の回想内にて『練習、がんばってね』

*4:9話冒頭、『前にも言ったでしょ、その話は断ったって』という鞠莉の台詞からも、果南の口頭による説得が試みられていたことが垣間見える。

*5:一貫して鞠莉にネガティブな感情をぶつけ続けた果南のこうした意図は、3.で引用した諏訪さんの目に映る果南像からも読み取れる。果南が千歌たちを「表立って」応援できなかったのは、スクールアイドルに肯定的な自分の姿を鞠莉に見られるわけには行かなかったからだ。もし、果南はまだスクールアイドルに未練があると鞠莉に思われてしまったら、鞠莉のために『歌えなかった』ふりをしてきた自分の努力が水の泡となってしまう。

*6:この場面は諏訪さんが仄めかす「千歌たちを応援していた果南」が垣間見えた瞬間だが、果南はこれまでもそうであったように積極的な応援の意思を示したわけではないことに留意されたい。その理由は勿論、自分がスクールアイドルに肯定的であることを鞠莉に勘付かれてはならないからだ。それ以外には、自分たちとは違い大きな足枷もなく輝きを目指す千歌たちを応援したい気持ちはあれど、おそらく千歌からスクールアイドルという言葉を聞くたびに『千歌には関係ない』鞠莉との過去を思い出したり、Aqoursを捨てた自分にはもう関わりのない世界の話だという意識が先行したりしていたために、今までの果南はスクールアイドルと一定の距離を置いて接していたかった、という背景も考えられる。

13話写経

果南「前回の」

「「「ラブライブ!サンシャイン!!」」」

千歌『Aqours!』

果南「ラブライブの予備予選を突破した私たち」

千歌『0……』

曜『東京?』

果南「μ'sがどうやって学校を救ったかを知るために、東京へ向かった」

千歌『μ'sのすごいところって、きっと何もないところを、何もない場所を、思いっきり走ったことだと思う』

千歌『みんなの夢を、叶えるために』

果南「こうして私たちは、ラブライブの地区予選に挑むことになった!」

 

 

千歌「はじめまして!私たちは浦の星女学院スクールアイドル――」

「「「Aqoursです!」」」

千歌「今日は、みなさんに伝えたいことがあります」

千歌「それは……!」

 

OP

 

御用の方は屋上にまでずら♡ 国木田

果南「1, 2, 3, 4! 1, 2, 3, 4!」

果南「今のところの移動は、もう少し速く!」

ルビィ「はい!」

果南「善子ちゃんは……」

善子「ヨハネ!」

果南「ふふっ、さらに気持ち急いで!」

善子「承知!(Affirmative!) 空間移動使います!」

 

果南「はい、じゃあ休憩しよ」

「「「ふぅうぅ……」」」

花丸「暑すぎずら~……」

ルビィ「今日も真夏日だって~……」

曜「はい!」

ルビマル「「?」」

曜「水分補給は欠かさない約束だよ?」

ルビィ「ありがとう……!」

花丸「ずら!」

果南「ふぅ、今日もいい天気!」

ダイヤ「休まなくていいんですの?日向にいると体力持っていかれますわよ」

鞠莉「果南はシャイニーの子だからね!(But Kanan was born shining!)」

善子「ふぃ~……」

「「「?」」」

ダイヤ「黒い服はやめた方がいいとあれほど……」

善子「黒は堕天使のアイデンティティ……黒がなくては、生きていけない……」

ダイヤ「死にそうですが……?」

梨子「千歌ちゃーん!」

千歌「ほっ、と」

曜「ナイスキャッチ!」

梨子「飲んでー!」

千歌「ありがとう!」

千歌「えへっ、私、夏好きだな。なんか熱くなれる」

梨子「ふふっ」

曜「私も!」

千歌「よーし!そろそろ再開しようか!」

ダイヤ「ぶっぶーーー!!」

千歌「なに!?」

ダイヤ「オーバーワークは禁物ですわ!」

鞠莉「by果南!」

果南「ふふっ」

鞠莉「みんなのこと考えてね?」

千歌「そっか、これから一番暑い時間だもんね」

ダイヤ「ラブライブの地区予選も迫って焦る気持ちもわかりますが、休むのもトレーニングのうちですわよ」

ルビィ「さすがお姉ちゃん!」

果南「でもその前に」

千歌「?」

果南「みんな100円出して!」

善子「やってきたのですね……本日のアルティメットラグナロク……!」

善子「クック……クク……未来が、時が――見える!」

果南「じゃあ行くよ?」

花丸「じゃーんけーん……」

 

 

善子「なんでいつも負けるのかしら……」

「1158円です」

善子「誰よ!高いアイス頼んだの!」

 

 

花丸「ずら~……」

ルビィ「ピギィ……」

善子「よはぁ……」

梨子「全然こっちに風来ないんだけど……」

曜「教室に冷房でもついてたらな~……」

梨子「統合の話が出てる学校なのに、つくわけないでしょう?」

千歌「だよね~……」

千歌「そうだ、学校説明会の参加者って今どうなってるの?」

鞠莉「よっ」

ダイヤ「鞠莉さん!はしたないですわよ」

鞠莉「今のところ……」

千歌「今のところ……?」

鞠莉「今のところ…………」

千歌「今のところ…………!」

鞠莉「Zero~♪」

千歌「はぁ……」

千歌「そんなにこの学校魅力ないかな……少しくらい来てくれてもいいのに……」

曜「……」

ガラガラ

曜「?」

千歌「?」

「あれ?」

千歌「むっちゃんたち、どうしたの?」

「うん、図書室に本返しに……」

「もしかして、今日も練習?」

千歌「もうすぐ地区予選だし」

「この暑さだよー?」

千歌「そうだけど、毎日だから慣れちゃった」

「毎日?」

「夏休み……」

「毎日練習してたの?」

千歌「うん!」

果南「そろそろ始めるよー!」

千歌「あ、うん!じゃあね!」

「がんばってね(Good luck)……」

「練習、毎日やってたんだ……」

「千歌たちって、学校存続させるためにやってるんだよね」

「うん……」

「でもすごくキラキラしてて……!」

「まぶしいね!」

「うん!」

 

 

千歌「ふぅ~……」

千歌「今日もめいっぱいだったね~!」

曜「でも、日に日によくなってる気がする!」

ダイヤ「それで?歌の方はどうですの?」

梨子「花丸ちゃんと歌詞を詰めてから(Hanamaru and I are going to iron out the lyrics,)、果南ちゃんとステップ決めるところ(and then Kanan will decide on the steps)」

鞠莉「聴いてる人にハートに、シャイニーできるといいんだけど」

果南「ま、とにかく今は疲れを取ってまた明日に備えよ?……っとぅ!」

ダイヤ「また服のままで!」

善子「だてーん!」

鞠莉「シャイニー!」

ダイヤ「はしたないですわよ!」

果南「だって気持ちいいんだもーん!」

千歌「あ……」

「「「?」」」

夕空と飛行機雲

 

「あ、いたいた!」

「千歌ー!」

千歌「あれ、むっちゃん?帰ったんじゃなかったの?」

「うん、でも……」

「なんか、ちょっと気になっちゃって」

千歌「え?」

「千歌たちさ、夏休み中ずっとラブライブに向けて練習してたんでしょ?」

「そんなにスクールアイドルって面白いのかなって」

「私たちも、一緒にスクールアイドルになれたりするのかな。……学校を救うために」

「実は他にも、もっと自分たちにも何かできるんじゃないかって考えてる子、結構いるみたいで」

ダイヤ「そうなのですか?」

「はい」

「統廃合の話、あったでしょ?みんな最初は、仕方ないって思ってたみたいなんだけど……」

「やっぱり、みんなこの学校大好きなんだよね!」

「だから、学校を救ったりキラキラしたり輝きたいのは、千歌たちだけじゃない。私たちも一緒に、何かできることあるんじゃないかって」

千歌「…………!!」

曜「千歌ちゃん?」

「どうかな?」

千歌「……やろう!!みんな一緒に!!」

「ほんと!?」

千歌「うん!!」

「やったー!!」

曜「なんかわくわくしてくるね!」

千歌「楽しみだな、ラブライブ!

梨子「……」

 

 

梨子「歌?」

千歌「うん!ダンスは無理かもだけど、一緒にステージで歌うとかなら間に合うんじゃないかなって」

梨子「できるの?」

千歌「うん。みんなが歌って、上手く行って、それで有名になって、たくさん入学希望者が来れば学校も存続できるし」

梨子「千歌ちゃん、でもね――」

千歌「それと!」

千歌「……今は0を1にしたい」

梨子「……」

千歌「今日、むっちゃんたちと話してて思ったの、なんで入学希望者が0なんだろうって。だってここにいる人は、みんなここが大好きなんだよ?町も学校も人も、大好きなんだよ?それって、ここが素敵な場所ってことでしょ?」

千歌「なのに0っていうことは、それが伝わってないってことだよね……」

千歌「ラブライブがどうでもいいってわけじゃないけど、ここが素敵な場所だってきちんと伝えたい。そして、0を1にしたい!」

梨子「うん……ん?」

梨子「……ち、千歌ちゃん……ううしろ……」

千歌「?」

梨子「おば、お……おあ、お、おばけ……!」

千歌「わっ!おかあさん!」

梨子「お母さん!?そ、その人が……?」

千歌ママ「そうです!私が高海千歌の母です!あなたが梨子ちゃんね?」

梨子「え?い、いや、初めまして!こんばんは……」

千歌ママ「初めまして、こんばんは!美人だね~」

梨子「え?いやーそれほどでも……あるかなぁ……」

千歌「……」

梨子「はっ!?」

千歌「ていうかどうしてここにいるの?東京だったんじゃないの?」

千歌ママ「そうだけど、なんか千歌がスクールアイドルとかいうのやっているから一度見に来てって、志満から連絡があって」

千歌「また余計なことを……とにかく今梨子ちゃんと大事な話してるんだから、あっち行ってて!」

千歌ママ「ふふっ、はいはい、わかったわかった」

千歌ママ「……あ、一個だけいい?」

千歌「なに?」

千歌ママ「今度は……やめない?」

千歌「……うん、やめないよ」

千歌ママ「ふふっ」

梨子「……いいお母さんね」

千歌「え、そうかなあ?とにかく、ラブライブ目指して!」

梨子「うん!」

 

Bパート

 

花丸「だぎゃあああ!!!」

ルビィ「だぎゃあ?」

善子「……これが来るべき、聖戦の地……!」

 

千歌「待ち合わせ場所は、っと……」

曜「今来たのが……こっちだから……」

 

「「「はぁ~……」」」

曜「むっちゃんたち、来てないね」

千歌「たぶんここで合ってるはずなんだけど……」

梨子「……」

「千歌ー!」

梨子「!」

「あっ、いた!」

千歌「ここだよー!」

梨子「……」

「ごめんごめん、ちょっと道に迷っちゃって……」

曜「他の子は?」

「うん、それなんだけど……実は……」

千歌「……そっか」

曜「しょうがないよ、夏休みなんだし」

「私たち、何度も言ったんだよ?」

「でも、どうしても――」

千歌「え?」

「みんなー!準備はいいー?」

「「「いえーい!!」」」

「「「全員で、参加するって!!!」」」

ルビィ「ピギッ」

千歌「みんな……!」

「びっくりした?」

千歌「うん!これで、全員でステージで歌ったら絶対キラキラする!学校の魅力も伝わるよ!」

梨子「ごめんなさい!」

千歌「ん?梨子ちゃん?」

梨子「……」

 

梨子「実は――調べたら、歌えるのは事前にエントリーしたメンバーに限るって決まりがあるの」

千歌「そんな……」

1年生「……」

梨子「それに、ステージに近付いたりするのもダメみたいで……」

3年生「……」

梨子「もっと早く言えばよかったんだけど……」

千歌「ごめんね、むっちゃん……」

「いいのいいの、いきなり言い出した私たちも悪いし」

「じゃあ私たちは、客席から宇宙一の応援(stellar support)してみせるから!」

「浦女魂、見せてあげるよ!」

「だから、宇宙一の歌(a stellar song)、聴かせてね?」

 

 

ルビィ「実はまだ、信じられないんだ」

花丸「おらもずら……」

ルビィ「今、こうしてここにいられることが……」

花丸「夢みたいずら……」

善子「何今更言ってるの。今こそがリアル、リアルこそ正義」

ルビマル「「……」」

善子「……ありがとね」

ルビマル「「!」」

花丸「ずら!」

善子「さ、あとはスクールアイドルとなって、ステージで堕天するだけ!」

ルビィ「うん!」

花丸「黄昏の理解者ずら(You understand my longing, zura)」

善子「行くわよ!堕天使ヨハネとリトルデーモン!ラブライブにー、降臨!」

 

果南「高校3年になってから、こんなことになるなんてね」

ダイヤ「まったくですわ。誰かさんがしつこいおかげですわね」

果南「だね。感謝してる、鞠莉」

鞠莉「感謝するのは私だよ。果南とダイヤがいたからスクールアイドルになって、ずっと2人が待っててくれたから諦めずに来られたの」

果南「あのとき置いてきたものを、もう一度取り戻そう!」

ダイヤ「もちろんですわ」

 

梨子「不思議だな。内浦に引っ越してきたときは、こんな未来が来るなんて思ってもみなかった」

曜「千歌ちゃんがいたからだね」

千歌「それだけじゃないよ。ラブライブがあったから、μ'sがいたから、スクールアイドルがいたから、曜ちゃんと梨子ちゃんがいたから!」

ようりこ「……!」

千歌「これからも、いろんなことがあると思う。うれしいことばかりじゃなくて、つらくて、大変なことだっていっぱいあると思う」

千歌「でも私、それを楽しみたい!」

千歌「全部を楽しんで、みんなと進んでいきたい!それがきっと、輝くってことだと思う!」

ダイヤ「そうね」

鞠莉「9人もいるし」

千歌「……9人だけじゃない、行くよ!」

 

 

千歌「今日はみなさんに、伝えたいことがあります!」

千歌「それは、私たちの学校のこと、町のことです!」

 

千歌「Aqoursが生まれたのは、海が広がり、太陽が輝く、内浦という町です」

千歌「小さくて人もいないけど、海にはたくさんの魚がいて、いっっぱいみかんがとれて!……あたたかな人であふれる町」

千歌「その町にある、小さな小さな学校。今ここにいるのが、全校生徒!」

千歌「そこで私たちは、スクールアイドルを始めました」

曜「アキバで見たμ'sのようになりたい、同じように輝きたい。でも……」

ようちか「「作曲!?」」

ダイヤ「そう、作曲ができなければ――ラブライブには、出られません!」

ようちか「「ハードル高っ!」」

曜「そんなとき、作曲のできる少女、梨子ちゃんが転校してきたのです」

千歌「奇跡だよ!」

梨子「ごめんなさい!」

ようちか「「がーん!!」」

千歌「東京から来た梨子ちゃんは、最初はスクールアイドルに興味がなかった。東京でつらいことがあったから」

ようちか「「でも……!」」

梨子「輝きたい!」

曜「その想いは、梨子ちゃんの中にもあった」

曜「そして……」

花丸「お、おら、私、運動苦手ずら、だし……」

ルビィ「ルビィ、スクールアイドル好きだけど、人見知りだから……」

善子「堕天使ヨハネ、ここに降臨!私の羽根を広げられる場所は、どこ……?」

千歌「こうして6人になった私たちは、歌を歌いました。町のみんなと一緒に」

梨子「そんなとき、私たちは東京のイベントに出ることになった」

花丸「未来ずら~!」

ルビィ「人がいっぱい……!」

善子「ここが魔都、東京……!」

曜「ここで歌うんだね!がんばろう!」

千歌「でも、結果は――最下位」

千歌「私たちを応援してくれた人は、0」

梨子「0」

曜「0」

善子「0」

ルビィ「0」

花丸「0」

千歌「0……」

ルビィ「スクールアイドルは、厳しい世界」

花丸「そんな簡単ではなかったのです」

曜「……やめる?」

千歌「……」

曜「千歌ちゃん、やめる?」

千歌「……くやしい、くやしいんだよ……!」

千歌「私、やっぱりくやしいんだよ……!」

千歌「0だったんだよ!?くやしいじゃん!!」

梨子「そのとき、私たちに目標ができました(That's when we found our goal)」

曜「0から1へ」

花丸「0のままで、終わりたくない」

善子「とにかく前に進もう」

ルビィ「目の前の0を、1にしよう」

千歌「そう、心に決めて……!」

梨子「そんなとき、新たな仲間が現れたの!」

ダイヤ「生徒会長の黒澤ダイヤですわ!」

果南「スクールアイドルやるんだって?」

鞠莉「Hello, everybody!」

曜「以前、スクールアイドルだった3人はもう一度手を繋いで、私たちは9人になりました」

千歌「こうして、ラブライブ予備予選に出た私たち。結果は見事突破!でも……」

ルビィ「入学希望者は0……」

善子「忌まわしき0が……」

花丸「また私たちに突きつけられたのです」

千歌「どーして0なのーー!!?」

果南「私たちは考えました」

鞠莉「どうしたら前に進めるか」

ダイヤ「どうしたら、0を1にできるのか」

千歌「そして、決めました」

曜「私たちは」

梨子「この町と」

花丸「この学校と」

ルビィ「この仲間と一緒に」

善子「私たちだけの道を歩こうと」

果南「起きることすべてを受け止めて」

ダイヤ「すべてを楽しもうと」

鞠莉「それが……輝くことだから!」

千歌「輝くって、楽しむこと(To shine is to enjoy life)」

千歌「あの日、0だったものを1にするために」

千歌「さあ、行くよ!」

千歌「1!」

曜「2!」

梨子「3!」

花丸「4!」

ルビィ「5!」

善子「6!」

ダイヤ「7!」

果南「8!」

鞠莉「9!」

「「「10!!!」」」

千歌「……!」

千歌「今、全力で輝こう!」

千歌「0から1へ!」

千歌「Aqours!」

「「「サンシャイン!!!」」」

 

MIRAI TICKET

 

千歌「みんなー!!一緒にー!!」

千歌「――輝こう!!」

 

 

 

千歌(私たちが0から作り上げたものってなんだろう)

千歌(形のないものを追いかけて、迷って、怖くて、泣いて……そんな0から逃げ出したいって)

千歌(でも、何もないはずなのに、いつも心に灯る光)

千歌(この9人でしかできないことが、必ずあるって信じさせてくれる光(And our belief that all nine of us could do something special was fed by that shining light))

千歌(私たちAqoursは、そこから生まれたんだ!)

千歌(叶えてみせるよ、私たちの物語を!)

千歌(この、輝きで!)

千歌「君のこころは――!」

「「「輝いてるかい?」」」

12話写経

善子「前回の」

「「「ラブライブ!サンシャイン!!」」」

善子「予備予選を前に、梨子の代わりに千歌と闇の契約を結んだ曜」

曜『ごめん!』

善子「千歌との間に漆黒の鼓動を打つ悩みを抱えていた」

曜『私と2人は、嫌だったのかなあって……』

善子「そして、あるナハト」

千歌『合わせるんじゃなくて、1から作り直した方がいい!』

曜『私、バカだ……!バカヨウだ……!!』

善子「こうして、ついに神々の黄昏、ラブライブに堕天したのです」

 

 

予備予選合格者発表まで間もなく!

「「「……」」」

ルビィ「まだ?」

ダイヤ「まったく、どれだけ待たせるんですの!?」

果南「あぁ~っ、こういうの苦手!」

千歌「落ち着いて……」

果南「ちょっと走ってくる」

千歌「あ、結果出たら知らせるね~!」

果南「いいよ」

千歌「じゃあ知らなくていいの?」

果南「……!」

果南「むぅ~っ……!」

鞠莉「あんまり食べると太るよ?」

花丸「食べてないと落ち着かないずら!」

善子「リトルデーモンの皆さん……」

まりまる「「?」」

善子「この堕天使ヨハネに、魔力を、霊力を――すべての、力を!」

トラック「」ブーン

ろうそく「」フッ

善子「消すなーーーっ!!!」

曜「来た!」

よしルビ「「!」」

曜「ラブライブ、予備予選合格者……」

千歌「うぅ……緊張する……!」

ダイヤ「Aqoursのアですわよ!ア!ア!ア!」

曜「イーズーエクスプレス……」

「「「……」」」

果南「うそ!?」

千歌「落ちた……」

ダイヤ「そんなぁ~!?」

曜「あ、エントリー番号順だった」

「「「」」」コテッ

千歌「よーちゃーん!」

曜「ごめんごめん!えーっと……」

曜「イーズーエクスプレス、グリーンティーズ、ミーナーナ、Aqours……」

千歌「Aqours!」

曜「あった!!」

ルビィ「ピギャァー!」

花丸「ばんざいずら~!」

ダイヤ「やりましたわー!」

鞠莉「……予備予選……突破……!」

鞠莉「Oh my god……Oh my god……Oh my goooooooooooood!!!!!」

 

OP

 

花丸「」モッモッ

果南「さあ、今朝捕れたばかりの魚だよ!みんな食べてね!」

千歌「なんで、お祝いにお刺身?」

果南「だって、干物じゃお祝いっぽくないかなって」

千歌「それ以外にもあるでしょ、夏みかんとか!」

花丸「パンとか」

果南「じゃあ刺身でもいいでしょ?」

ルビィ「うわぁっ、あっ、ピギィ!っあ、見てください!」

千歌「なに?」

ルビィ「PVの再生回数が!」

158,372回

千歌「私たちのPVが!?」

曜「すごい再生数!」

ルビィ「それだけじゃなくて、コメントもたくさんついていて!」

花丸『かわいい』

ダイヤ『全国、出てくるかもね』

果南『これは、ダークホース……』

善子「暗黒面?」

曜「よかった、今度は0じゃなくて」

善子「そりゃそうでしょ、予選突破したんだから」

rrr

ようよし「「?」」

千歌「?」

千歌「梨子ちゃんだ!」

 

梨子「予選突破、おめでとう!」

千歌『ピアノの方は?』

梨子「うん、ちゃんと弾けたよ」

梨子「探していた曲が、弾けた気がする」

千歌「よかったね……!」

曜「じゃあ、次は9人で歌おうよ!全員揃って!ラブライブに!」

千歌「曜ちゃん……!」

梨子「そうね……!」シュシュを見つめる

梨子『――9人で!』

「「「」」」ニコ

(善子だけ真顔?)

ダイヤ「そして、ラブライブで有名になって、浦女を存続させるのですわ!」

ルビィ「がんばルビィ!」

果南「これは学校説明会も期待できそうだね!」

千歌「説明会?」

鞠莉「うん、Septemberに行うことにしたの」

ダイヤ「きっと、今回の予選で学校の名前もかなり知れ渡ったはず」

鞠莉「そうね、PVの閲覧数からすると、説明会に参加希望の生徒の数も……」

鞠莉「…………」

「「「?」」」

鞠莉「……Zero」

ダイヤ「え?」

鞠莉「Zero、だね……」

ルビィ「そんな……!」

ダイヤ「……嘘、嘘でしょう!?」

千歌「ゼロ……?」

曜「1人もいないってこと……?」

千歌「……」

 

 

千歌「はぁ……」

千歌「またゼロかぁ……」

曜「入学希望となると、別なのかなあ……」

千歌「だって、あれだけ再生されてるんだよ?予備予選終わった帰りだって――」

 

『あの!Aqoursの果南さんですよね!』

果南『え?』

『やっぱりそうだ!サ、サインください!』

果南『ぅえ?私でいいの?ほんとに私で合ってる?』

千歌『?』

『じゃあ行きますよー!全速前進ー!』

曜『よ、よーそろー……』

ルビィ『ピギィィィィィィ!』

『握手してくださーい!』

ダイヤ『……お待ちなさい』

ダイヤ『代わりに、私が写真を撮らせてあげますわ』

『ど、どちらさまですか?』

ダイヤ『……💢』

ダイヤ『わ~た~く~し~は~!!!!!』

 

千歌「――って感じで大人気だったのに……」

曜「ダイヤさんのくだりは要らなかった気がする……」

千歌「これで生徒が全然増えなかったら、どうすればいいんだろう……」

曜「μ'sは、この時期にはもう廃校を阻止してたんだよね」

千歌「……え?そうだっけ?」

曜「うん。学校存続が、ほぼ決まってたらしいよ」

千歌「差、あるなぁ……」

果南「仕方ないんじゃないかな」

千歌「?」

果南「ここでスクールアイドルをやるってことは、それほど大変ってこと」

千歌「それはそうだけど……」

果南「うちだって、今日は予約ゼロ」

(ダイマリ生徒会室で作業)

果南「東京みたいに、ほっといても人が集まるところじゃないんだよ、ここは」

千歌「……」

千歌「……でも、それを言い訳にしちゃダメだと思う」

果南「千歌……」

千歌「……!」

果南「?」

千歌「それがわかった上で、私たちはスクールアイドルやってるんだもん!」

千歌「はむはむむむ……!!」

曜「千歌ちゃん、一度に全部食べると……ん?千歌ちゃん!?」

千歌「1人で、もう少し考えてみるー!」

千歌「うあぅっ……!」

ようかな「「?」」

千歌「……ううぅぅ、きた……!」

ようかな「「あははは……」」

 

 

千歌「……」

千歌「……もう学校を救っていたのか……」

千歌(あのときは、自分とそんなに変わらないって、普通の人たちががんばってキラキラ輝いているって、だからできるんじゃないかって思ったんだけど)

千歌「何が違うんだろう……」

千歌「リーダーの差、かなあ」

美渡「なーに1人でぶつぶつ言ってるの?」

千歌「はぁ、どうすればいいんだろう……」

美渡「千歌?千歌さーん」

千歌「!もう考えててもしょうがない!行ってみるか!」

美渡「どこに?」

千歌「?」

千歌「なんで美渡姉がいるの?」

美渡「……あんた、今気づいたの?」

 

曜「東京?」

千歌『うん!見つけたいんだ、μ'sと私たちのどこが違うのか』

ダイヤ「……」

千歌『μ'sがどうして、音ノ木坂を救えたのか』

鞠莉「……」

千歌『何がすごかったのか。それをこの目で見て――』

花丸「……」

千歌『みんなで考えたいの!』

果南「いいんじゃない?」

善子「つまり、再びあの魔都に降り立つということね……」

梨子「私は、1日帰るの伸ばせばいいけど……」

千歌『けど?』

梨子「ううん!じゃあ詳しく決まったら、また教えてね」

梨子「うっ……」

梨子「……片付けなくちゃ」

 

Bパート

 

千歌「うわぁ~!にぎやかだね~!」

ダイヤ「みなさん、心をしっかり!負けてはなりませんわ、東京に呑まれないよう!」

千歌「大丈夫だよー!襲ってきたりしないからー!」

ダイヤ「あなたはわかっていないのですわ!東京の恐ろしさを、このコンクリート――」

千歌「なんであんなに敵対視してるの?」

ルビィ「お姉ちゃん、小さい頃東京で迷子になったことがあるらしくて――」

 

ダイヤ『ごちゃごちゃ……ごちゃごちゃ……ごちゃごちゃ……!』

ダイヤ『ピギィィィィイイイイィ!』

 

千歌「トラウシだね……」

善子「トラウマね」

曜「そういえば、梨子ちゃんは?」

千歌「ここで待ち合わせだよ?」

梨子「……ふっ!ふっ!ぐぐぐ……!」

千歌「梨子ちゃん?」

梨子「!?!?わ、千歌ちゃん……!みんなも」

千歌「何入れてるのー?」

梨子「え、ええと……お土産とか、お土産とか、お土産とか……」

千歌「わーー!!お土産!?」

千歌「なに?」

梨子「わ゛ー゛ー゛っ゛!゛!゛」

千歌「わぁっ!見えないよ、見えないよ梨子ちゃん、ちょ」

梨子「なんでもないの、なんでもないのよ~!」

 

梨子「よい、しょ。さあ、じゃあ行きましょうか」

曜「とは言っても、まずどこに行く?」

鞠莉「Tower?Tree?Hills?」

ダイヤ「遊びに来たんじゃありませんわ」

千歌「そうだよー、まずは神社!」

ルビィ「また?」

千歌「うん!実はね、ある人に話聞きたくて、すっごい調べたんだ!」

千歌「そしたら会ってくれるって!」

花丸「ある人?誰ずら?」

千歌「それは会ってのお楽しみ!でも話を聞くにはうってつけのすごい人だよ!」

ルビィ「東京……神社……」

ダイヤ「すごい人……まさか……!」

ダイルビ「「まさか……!まさか!まさか!まさかー!!?」」

 

聖良「お久しぶりです」

千歌「お久しぶり」

ダイルビ「「なぁんだ~……」」

鞠莉「誰だと思ってたの?」

 

千歌「わぁ~……なんか、すごいところですね」

梨子「予備予選突破、おめでとうございます」

鞠莉「Coolなパフォーマンスだったね!」

聖良「褒めてくれなくて結構ですよ」

梨子「?」

聖良「再生数は、あなたたちの方が上なんだし」

曜「いえいえー」

ルビィ「それほどでもー」

聖良「でも、決勝では勝ちますけどね」

千歌「!……」

聖良「私と理亞は、A-RISEを見てスクールアイドルを始めようと思いました」

聖良「だから、私たちも考えたことがあります。A-RISEやμ'sの何がすごいのか、何が違うのか」

千歌「答えは、出ました?」

聖良「いいえ。ただ、勝つしかない、勝って追いついて同じ景色を見るしかないのかもって」

千歌「……勝ちたいですか?」

Saint Snow「え?」

千歌「ラブライブ、勝ちたいですか?」

理亞「……姉様、この子バカ?」

聖良「勝ちたくなければ、なぜラブライブに出るのです?」

千歌「それは……」

聖良「μ'sやA-RISEは、なぜラブライブに出場したのです?」

千歌「……」

聖良「そろそろ、今年の決勝大会が発表になります」

千歌「……」

聖良「見に行きませんか?ここで発表になるのが、恒例になってるの」

 

千歌「……!」

梨子「アキバドーム……!」

果南「本当に、あの会場でやるんだ……!」

千歌「……ちょっと、想像できないな……」

梨子「?」

花丸・ルビィ・ダイヤ・鞠莉「「「……」」」

梨子「……」

善子・曜・果南「「「……」」」

梨子「……」

梨子「……ねえ!音ノ木坂、行ってみない?」

「「「え?」」」

梨子「ここから近いし、前私がわがまま言ったせいで、行けなかったから」

千歌「……いいの?」

梨子「うん!ピアノ、ちゃんとできたからかな」

梨子「今は、ちょっと行ってみたい。自分がどんな気持ちになるか、確かめてみたいの。みんなはどう?」

曜「賛成!」

果南「いいんじゃない?見れば、何か思うことがあるかもしれないし」

ルビィ「音ノ木坂?」

ダイヤ「μ'sの?」

ダイルビ「「母校ー!?」」

 

曜「この上にあるの?」

ルビィ「うぅ、なんか緊張する……どうしよう、μ'sの人がいたりしたら!」

ダイヤ「へ、平気ですわ!そのときは、ササササインと、写真と、握手……!」

花丸「単なるファンずら」

千歌「……!」

梨子「あ、千歌ちゃん!」

曜?「待って!」

善子「抜け駆けはずるい~!」

花丸「ずら~!」

 

千歌「はっ、はっ、はっ、はっ……」

千歌「はぁ、はぁ……」

千歌「……ここが、μ'sのいた……!」

ダイヤ「この学校を、守った……!」

鞠莉「ラブライブに出て……!」

果南「奇跡を成し遂げた……!」

「――あの」

「「「?」」」

「なにか?」

善子「私の姿を検知してる……!?」

花丸「やめるずら」

曜「すみません、ちょっと見学してただけで……」

「もしかして、スクールアイドルの方ですか?」

千歌「あぁ、はい!μ'sのこと、知りたくて来てみたんですけど」

「そういう人、多いですよ。でも、残念ですけど、ここには何も残ってなくて」

千歌「え?」

「……μ'sの人たち、何も残していかなかったらしいです」

「自分たちのものも、優勝の記念品も、記録も」

「ものなんか無くても、心は繋がっているからって」

「それでいいんだよって」

千歌「……」

「いくよー!」

千歌「?」

「あ、もう、こら!」

「「「?」」」

「走ったら転ぶわよ!」

「だいじょうぶ!せーのっ……それ!」

「よっ!……えへへ!」

「もう、危ないでしょ!」

「すごいでしょー?」

千歌「……ふふっ」

梨子「どう?」

千歌「え?」

梨子「何かヒントはあった?」

千歌「……うん、ほんのちょっとだけど。梨子ちゃんは?」

梨子「うん、私はよかった。ここに来て、はっきりわかった」

梨子「――私、この学校好きだったんだなって」

 

千歌「」お辞儀

ようりこ「「……ふふっ」」

ようりこ「「」」お辞儀

ルビマル「「えへへ」」

3年生「「「ふふっ」」

9人「」お辞儀

「「「ありがとうございました!!」」」

「……」

千歌「……」

千歌「?」

千歌「……ふふっ」

 

 

千歌「……」

善子「スティグマ……天使……」

ダイヤ「結局東京に行った意味はあったんですの?」

果南「そうだね、μ'sの何がすごいのか、私たちとどこが違うのか。はっきりとはわからなかったかな」

鞠莉「果南は、どうしたらいいと思うの?」

果南「私?私は……学校は救いたい。けど、Saint Snowの2人みたいには思えない」

果南「あの2人、なんか1年の頃の私みたいで……ん?」

鞠莉「ビッグになったね、果南も♡」

果南「訴えるよ!」

千歌「……」

『μ'sの人たち、何も残して行かなかったらしいです』

『それでいいんだよって(That's how they wanted it)』

千歌「……!」

千歌「あっ……!」

千歌「ねえ!海、見ていかない?みんなで!」

梨子「千歌ちゃん?」

 

千歌「……」

ルビマル「「わぁ~!」」

ルビィ「綺麗……!」

花丸「ずら~……!」

千歌「――私ね、わかった気がする」

「「「?」」

千歌「μ'sの何がすごかったのか」

曜「ほんと?」

千歌「たぶん、比べたらダメなんだよ」

千歌「追いかけちゃダメなんだよ。μ'sも、ラブライブも、輝きも(We can't chase after μ's, or Love Live, or that shine...)」

善子「どういうこと?」

ダイヤ「さっぱりわかりませんわ」

果南「そう?私は、なんとなくわかる」

梨子「一番になりたいとか、誰かに勝ちたいとか、μ'sってそうじゃなかったんじゃないかな」

千歌「うん。μ'sのすごいところって、きっと何もないところを、何もない場所を、思いっきり走ったことだと思う」

千歌「……みんなの夢を、叶えるために。自由に、真っ直ぐに……!だから飛べたんだ!」

千歌「μ'sみたいに輝くってことは、μ'sの背中を追いかけることじゃない」

千歌「――自由に走るってことなんじゃないかな!」

千歌「全身全霊、なんにも囚われずに!自分たちの気持ちに従って!」

果南「自由に……」

鞠莉「Run and Run...」

ダイヤ「自分たちで決めて、自分たちの足で」

花丸「なんかわくわくするずら!」

ルビィ「ルビィも!」

曜「全速前進、だね!」

善子「自由に走ったら、バラバラになっちゃわない?」

梨子「どこに向かって走るの?」

千歌「私は……0を1にしたい!」

(8話回想)

千歌「あのときのままで、終わりたくない」

梨子「千歌ちゃん……!」

千歌「それが今、向かいたいところ!」

ルビィ「ルビィも!」

梨子「そうね、みんなもきっと!」

果南「なんか、これで本当に1つにまとまれそうな気がするね!」

ダイヤ「遅すぎですわ」

鞠莉「みんなシャイですから(We're all shy)」

千歌「えへへっ、じゃあ行くよ?」

曜「待って!」

「「「?」」」

曜「指、こうしない?」

曜「これをみんなで繋いで、0から1へ!」

千歌「それいい!」

曜「でしょ?」

千歌「じゃあ、もう一度!」

千歌「0から1へ!今、全力で輝こう!Aqours――!」

「「「――サンシャイン!!!」」」

千歌(Dear穂乃果さん。私はμ'sが大好きです)

千歌(普通の子が精一杯輝いていたμ'sを見て、どうしたらそうなれるのか、穂乃果さんみたいなリーダーになれるのか、ずっと考えてきました)

千歌(――やっとわかりました!)

千歌(私でいいんですよね(I'm fine the way I am)。仲間だけを見て、目の前の景色を見て、真っ直ぐに走る。それがμ'sなんですよね!それが、輝くことなんですよね!)

千歌(だから私は、私の景色を見つけます(That's why I will find my own place))

千歌(あなたの背中ではなく、自分だけの景色を探して走ります!みんなと一緒に!いつか、いつか……!)

千歌「……!」

 

千歌「あ……!」

羽根を受け取る

千歌「わぁ……!ふふっ!」

 

剥がされたμ'sのポスター痕

 

ED